2011年04月20日

源八おじさんとタマ

仁科君に教えてもらった動画。
なかなか面白いし、私のような面倒くさがり屋にもかなりわかりやすい。

源八おじさんとタマ001
原発なくても電気は大丈夫!

源八おじさんとタマ002
原発は発電量の2倍の熱で海を加熱している!

源八おじさんとタマ003
高レベル放射性廃棄物は100万年監視を要する

源八おじさんとタマ004
浜岡原子力発電所は活断層の上に立っている

源八おじさんとタマ005
電力会社は津波の脅威を甘くみている  
  
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2011年02月24日

可能動詞 と ラ抜き言葉(2)

貴重な資料の提供があったので、追加記事を。

1.拙質問に対するmomordica氏の回答(#5)
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6543419.html

『こんな資料を見つけましたので、ご紹介しておきます。

国立国語研究所 日本語情報資料館 『方言文法全国地図』
http://www6.ninjal.ac.jp/gaj_map/02/04/

第173図から第185図辺りが問題の内容ですね。』

こういった詳細な「地図!」があるとは夢にも考えなかったが、大変貴重な資料を提示していただいた。
〇→ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
a.「れる・られる」が状況可能の方で多く使われる(ようだ)。
b.ただ、能力可能と状況可能で明らかな使い分けが見られるのは東北地方北部だけ。
多くの地域ではどちらでも使(うようだ)
c.「ら抜き言葉」の使用範囲もかなり広く、可能動詞の使用範囲とほぼ一致。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー←〇
以上3点は、この地図を元にmomordica氏が分析した結果の一部抜粋である。
「多くの地域ではどちらでも使(うようだ)」という分析結果が特に興味深い。つまり、

「休まれる型」は決して廃れていたわけではなかった。

「使い分け」に関しては、実際にどう使われているかという事実もむろん重要だが、それ以上に、人が言葉を話す際、その「用法」をどの程度自覚できるものであるか、という面からも考察していく必要があると思われる。

「眠れぬ夜のために」と言う人が、ふと、「ん?」と感じることがあるのではないだろうか、ということだ。
『「眠られぬ夜のために」のほうが、ちょっといいかも・・・』
と感じることがあるのではないだろうか、ということ。
無ければ無くてもいたしかたないが、仮にそう感じたとき、
「俺(わたし)って変?」と躊躇するようなら、
「いえ、変じゃありませんよ」と言える根拠(らしきもの)になり得る考え方があってもいい。

このような言葉を発する人、あるいは、このようなタイトルの本の執筆者の意図は、、
「人々が」あるいは「私が」→「眠るという状況をなかなか得られない場合は」という感覚よりも、
「眠るという状況がなかなか得られないような、そんな夜の場合は」という感覚に遙かに近いはずだ。
「(人間が)眠れない」という不可能性よりも、
そんな不可能性を秘めた夜というものに焦点を当てて発せられる言葉のはずで、そういった心理と言葉の関係性というのはなかなか面白いと感じる。

『以上をまとめますと、標準語というものが東京方言を元に作られたので仕方ありませんが、
「五段動詞では可能動詞、一段動詞では『られる』を使う」、「能力可能と状況可能の
区別などはない」、「ら抜き言葉は異端」といった、「正統な」国語のルールだと思って
いたものが、実は関東ローカルのどちらかといえば例外的な特殊な形にすぎない
ことがわかります』
と彼は締めくくっているが、
詳細は冒頭 URL で。

2.さるブログの主『黒tobi』さんからの資料提供

金谷武洋さんと言う方が
「ラぬき言葉という名称は正しくない」
というブログ記事を書いている。
http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai/e/e748c287e00a09786079fb21dfb490f7
『 結論を言えば、「見れる」は「見られる」から「ら」を抜いたものではなく、上記のように「見(mi)」と「-E」の間に緩衝子音の「R」を挟んだものなのである。この状況に名前をつけるとすれば「ら抜き」ではなく「Rつき」の方が正確であろう。 』
という箇所を抜粋する。
これは、何と、文法ど素人の私(だけではないのだろうが)の主張した「ラ(R)入れ言葉」と殆んど同じ。
しかも、その理由にいたっては全く変わらない、と言っていいだろう。

『 それでもまだ納得出来ない読者の為に、もう一点付け加えておこう。「R付き言葉」は他にも例があるのだ。上と全く並行する形で仮定の表現の「飲めば・食べれば」がその一つである。』
のように彼は続けている。
学者の方だけあって、私に全ては理解できなかったが、興味がおありの方は、サイトを訪れてみるのも面白いだろう。
紹介者の黒tobi さんにもお礼を言わせていただく。
 
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2011年02月22日

可能動詞 と ラ抜き言葉

先日、可能動詞についてネットで質問したり検索したりする、ちょっとした機会を得た。
結果をここにまとめておきたい。
無論、私見も混じっているが、基本的には下記4項目の他者見解に大きく依存する形になっていると思う。
文法ど素人の私が無謀に挑戦してみた結果である。
そのつもりで寛容な眼で見ていただければ幸いであるし、引き続き、そして新たにご指導を賜れるならば幸いと考える。
専門的知識をお持ちの方にとっては、噴飯ものの記述もあることだろう。
ご批判も甘受する用意がある。
文法ではあるが、むしろ人間心理的な観点からも興味を惹かれ、あえてここに記録しておきたい気になった次第である。


(ア)ウイキの記述。
『「行かれる」のような「〜れる・られる」の形は、古語の「〜る・らる」の形から変化したものだが、「行ける」のような可能動詞はそれとの関係は不明である。
由来には大きく2説があり、「知るる(知れる)」等からの類推で、従来からあった四段(後に五段)活用動詞に対する下二段(後に下一段)段活用の自発動詞が一般化した(類似の動詞の項を参照)という説[1]と、
「行き得(る)」のような「連用形+得(る)」の表現が変化したという説[2]とがある。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%AF%E8%83%BD%E5%8B%95%E8%A9%9E

(イ)拙質問に対する xianching さんの回答
『受身、尊敬、自発には、主体の積極的意志が感じられません。
「れる・られる」には4つの意味あると言っても、一つの言葉ですから、「れる・られる」の可能表現でも、可能以外の「受身、尊敬、自発」に引っ張られることがあってもよいと思います。』
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6524818.html(#16)

(ウ)拙質問に対する momordica さんの回答(a)
『Wikipedia「秋田弁」より抜粋

> 可能態
>
> 秋田方言の可能の形式には、動作の主体の持つ能力によって行為が可能である
> 「能力可能」と、動作の主体を取り巻く状況によって行為が可能である「状況可能」
> の区別が見られることが特徴的である。』
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6537930.html(#2)

(エ)拙質問に対する momordica さんの回答(b)
『Wikipedia等の記載を信じるなら、両者の発生時期には数百年のずれがあります。
質問者さんのおっしゃるような形で両者が発生したなら、それらの時期に大きなずれが
生じることに合理的な説明ができるとは思えません。
また、何らかの理由で最初に五段動詞の可能形のみが広まって、後からら抜き言葉が
できたなら、その成立時期においては可能動詞の成立過程がどういうものであったか
ということ自体が失われてしまっていたはずです。(現在定説がないくらいですから)
したがって、その数百年前に失われたのと全く同じ経過をたどって言葉が変化するとは
考えにくいと思います。

やはり、ら抜き言葉は、当時既に成立済みだったラ行五段活用動詞の可能動詞からの
類推であったと考える方が妥当だと思います。』
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6538133.html(#2)
以上4点は、以下に示す私見のきっかけでもあると同時に 重要な骨格となっている。


1.五段活用における可能動詞は、「連用形+得(る)」の表現が変化したものである。

(ex1)・休む(YASUMU)→休み得る(YASUM[ I ]ERU)→休める(YASUMERU)

『「知るる(知れる)」等からの類推で、従来からあった四段(後に五段)活用動詞に対する下二段(後に下一段)段活用の自発動詞が一般化した(類似の動詞の項を参照)』
という[ウィキ説1]には、可能態を特化する必然性が見あたらない。
あくまで、「連用形+得(る)」という[ウィキ説2]が妥当な解釈と思われる。
[i]の脱落は発声時の生理的便宜上と捉える。

2.
(ex2)・休む(YASUMU)→休まれる(YASUM-AR-ERU)→休める(YASUMERU)
の、AR が脱落したものという解釈も散見されるが、これは「得る」が語の意味的に可能用法を特化しようとする明白さを持っていることを思えば、その論拠には曖昧性が付き纏わざるを得ない。
また、この AR説では、momordica氏の指摘にもあるように、
・食べる(TABERU)→食べられる(TABER-AR-ERU)→食べれる(TABERERU)
という下一段(他、上一段など)動詞の可能用法(いわゆるラ抜き言葉)が、可能動詞として、なぜ同時発生しなかったのか、という点を論理的に説明することができなくなる。
因みに、ウィキによれば、五段の可能動詞(休まれる)は室町時代、ラ抜き言葉(食べれる)は大正時代に発生したようだ。
ラ抜き言葉に関しては、さらに後述する。

3.
1.2.に挙げたように、「休む」には「休まれる」と「休める」という2種類の可能用法がある。
どちらが先かは言語学者の説を待ちたいが、同じ可能用法でもそれぞれ異なる用法がある、と考えることができる。
「る・らる」から転化した「れる・られる」は本来自発の用法から始まったとされていて、
「休まれる」は、自発・受身・尊敬・可能という4つの意味を兼ね備えている。
つまり、可能用法としての「休まれる」は、xianching 氏が指摘したように、「自発・受身・尊敬」を限りなく引きずっている、という推理が可能になるだろう。

すべて自発を母体にしてはいるものの、「自発・受身・尊敬」と「可能」には大きな違いがある。
「可能」は、「動詞行為の対象」ではなく「動詞行為者としての主体の能力」に着目する意図が存在している、ということだ。
「休まれる」は「自発・受身・尊敬」を引きずっているため「動詞行為の対象」に、まだ重心が掛かった表現である。
しかし、「得る」によって特化された「休める」は、「動詞行為者としての主体の能力」に重心がほぼ移動した、と捉えることが妥当だろう。

(ex3)
「わかりやすい道だから子供でも行けるだろう」
は、
「子供でも行くという行為が可能だ」というニュアンスで、
「行く」という行為の主体である「子供」(の可能性)に着目した主体重視の表現。

これに対して、
「わかりやすい道だから子供でも行かれるだろう」
は、
「子供でも行くことが可能な、そんな状態の道だ」という、行く行為と対象になっている「道」の状態に着目したニュアンス。

4.
このように「連用形+得る」としての「休める」は、主体重視の欲求から発生した表現と言える。
主体重視とは主に自分重視であるから、この欲求が人に兆すのはごく自然であり、つまり、押さえることのできない本能的な欲求と捉えることも可能になるだろう。

このことは同時に「休まれる」という対象重視の用法も厳然と存在していること、且つ、それが自然であることの証明にもなっている。
この意味で、主体重視の「休める」と対象重視の「休まれる」は、(シチュエーション把握の問題が関わってくるため)明確とまでは言わないが、使い分けられるのが妥当だろうと思う。
少なくとも、室町期においては、全国的に浸透していた用法と捉えるのが自然である。
ただ、一方、現代社会においては、使い分けが為されていない地方が(おそらく)多いような感触も得られた。
ただ、「休まれる」を方言と捉えるか否かは、方言の定義を知らない私にとって無理であるが、仮に方言だとすれば、縷々述べてきた理由に鑑み「正統派方言」の名を冠してみたい気がする。
また、実際に使い分けをしている人が、極端に少ないとも思われない。
ただ、どちらであるかをここで問題にするつもりはない
私にその能力が無いことと合わせ、これも言語学者に委ねるべき事柄だろうと思われるので。

5.
なぜ、一部(少数という意味とは限らない)地域で使い分けが廃れた(と考えるのが自然だろう)のか、についても少し考えてみたい。
いつ頃から使われないようになったのか、に関するデータが無いので何とも言えないが、おそらくラ抜き言葉の出現と通底する理由があるような気がする。
まず、ラ抜き言葉の成立(と言っても良ければだが)理由から考えてみたい。
五段可能動詞の成立手順を踏むとすれば、

・食べる(TABERU)→食べ得る(TABE-ERU)→食べる(TABERU)

と、momordica 氏が指摘したように元に戻ってしまう。五段動詞の
・休む(YASUMU)→休み得る(YASUM[ I ]ERU)→休める(YASUMERU)
のようにはいかない。ここで、

・食べる(TABERU)→食べられる(TABE-RARERU)→食べれる(TABERERU)

という正当な(ただし対象重視の)可能用法と比較してみよう。
当初、主体重視の可能を表現する際には、「食べ得る」と(転化することなくそのまま)言っていたと考えることはできないだろうか。
実際に言っていなくても、そういう感覚が内在していたと考えることはできるように思う。
食べ得る(TABE-ERU)→食べる(TABERU)
では元に戻ってしまうので、「食べる」と転化してすっきりしたいのを必死で(かどうかはわからないが)堪えていた。
少なくとも、そういった無意識的な葛藤が個人の中に存在していた、と仮定してみるのは、そう乱暴なことではないだろう。
「食べ得る」と発話がなされる直前まで、この無意識領域での葛藤劇は、およそ次のような過程を(全く何の根拠もないが)経たと推測される。

・「食べる」と言えば元に戻ってしまうし、言えない。でも「休める」のように、すっきり言ってみたいなあ。
→そう言えば、「食べられる」というのは正当な可能表現として大手を振って歩いていたな。
→なんと言っても「れる・られる」は、「自発・受身・尊敬・可能」の総本山だからな。実際、いかにもそれらしい響きを持っているし。
→でも、今は主体重視のシチュエーションだから、「食べられる」ではだめで、「食べ得る」と言わなくちゃならない。
→でも常に「得る」の世話になっているのも、なんか心ぐるしいんだよね・・・。
→そうだ!食べ得る(TABE-ERU)の中に[R音]を混ぜちゃえば、らしく聞こえるんじゃないだろうか。しかも「得る」の基本形は堅持したままだから、主体重視のシチュエーションにも適合するだろう。
→E の替わりに RE を使えばいいんだ。
食べ得る(TABE-ERU)→食べれる(TABE-RERU)
う〜む。(-_-;)
なかなかいいんでないかい。(←北海道弁です)
・・・・・・・・・・・・・・。

このような過程を経て、晴れて(かどうかは不明だが)「食べれる」が誕生した。
語ればこのように長くなりますが、一瞬の感覚ですから、あっと言う間に発生したのでしょう。
つまり、構造としては、ラ抜き言葉ではなく、実はラ(R)入れ言葉だったのです!
ラ抜き言葉成立の無根拠を証明しているようなふざけた内容だとお怒りになる向きもあるでしょうが、「得る」に「R音」を加えて、「主体重視」と「(食べるという)元に戻らなくて済む」の両立を果たした、血と涙の結晶として、ラ抜きならぬラ入れ言葉が誕生したのだ、という温かい視点で見つめ直してやっていただきたいと思います。
五段の可能動詞に対抗し得る下(上)一段の可能動詞として、不動の地位を築こうと日夜奮闘する、けなげな「食べれる」や「見れる」たちがそこには居ます。

6.
ところが、この「主体重視の用法」というのは厄介で、とてもわがままだったのです。
しかし、考えてみれば自分重視の用法とも言えるので、その危険性は、当初から予測されるべきだったのでしょう。
いずれにせよ、強引とも言える手法で獲得した下(上)一段一族の可能動詞は、「食べられる」という兄弟(あるいは本家)に逆らって傍若無人の行動が目立つようになります。
シチュエーションを問わず、つまり、場所柄もわきまえず、見れる・食べれる・出れるなどをお気楽に使い始めました。
こういうことでは、世間様から白い目で見られてもやむを得ません。

(ex4)
「このテレビは、この眼鏡を描けると 3D 画像が見られるよ」
は、
「これは、そういう(3Dの)画像を見ることが可能な対象(=テレビ)」であることに重点を置きたい場合の表現。

「その眼鏡ではなくて、この眼鏡を描けると 3D 画像が見れるよ」
は、
「主体(=あなた)が、見ることが可能」であることに重点を置きたい場合の表現。

このように使い分けなければなりません。
そうすれば、眉を顰める世間の方々の目も多少なりとも和らぐ確率が高くなるでしょう。

7.
ここで e の、
なぜ「休まれる」(という使い分け)が廃れた(と考えるのが自然だろう)のか、という疑問に立ち戻ろう。
第一の理由は、ラ抜き言葉の成立経緯で見てきたように、「主体重視表現=自分重視表現」という要素が強く人の心理に影響を及ぼすためである。
「休める」のほうが安心だし、気分が良いのである。
第2の理由は、短くて済む。
2つとも実に簡単な、だからこそ一朝一夕には覆ることのない、非常に単純な、いや純粋な理由なのである。

8.
以上のことから、次のような衝撃的な!事実?が白日の元?にさらされることになるだろう。
賢明なみなさんはすでにお気づきだろうが、今まで述べてきたことから類推される、いや正当化されて不思議のない内容です。それは、

「休まれる」と「休める」の使い分けをしない理由は、ラ抜き言葉を使用したがる理由と大差ない!!!

ということである。
ですから、休まれる・休めるの使いわけを重視しない方は、少なくともラ抜き言葉を使う人の気持ちがよくわかるはずなのです、内面を探ってみれば。
しかし、ラ抜きの乱用、すなわち、適正なラ抜き(R入れ)言葉の使用に留意することこそ、可能動詞を含めたあらゆる問題を一挙に解決できる近道と私は結論づける。

9.
ラ抜きに関して最後に残る問題は、なぜ室町期ではなく大正期であったのか、という疑問だろうと思う。
これに関しては、発声の生理的便宜性の観点から見て、
[I音]の脱落よりも、
[E音]から[RE音]への転化、すなわち[R音]の追加に躊躇しなくなるまでに、それなりの期間を要した、ということだろうという推測を一応立ててみたい。
有から無への転換は易いが、無から有への転換には時間が掛かる、ということではないだろうか。
  
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2009年08月07日

中崎タツヤ

工事中
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2009年05月31日

雨の日のつつじ

しとしとぴっちゃん・・・雨が降る。

ピンクと緑が艶やかに(でもないけど)・・・映える。

tsutsuji2.JPG

生える・栄える・這える・葉得る


どれも似合いそう
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2009年05月20日

ホッケ

妹夫婦がホッケを持ってきてくれた。

hokke .JPG


釣具万端整え、朝3時に起きて遠出したらしい。
この夫婦は山菜取りやら、キャンプやらと自然の中に出かける健康的な趣味の持ち主だ。

数十年前は夫婦喧嘩したあげく、妹が幼い子供二人を連れて転がり込んできて、絶対戻らない、と一週間ほど泊まっていったこともあった。
言い分はあったろうが、旦那のほうが折れて謝りに来、もとの鞘に収まった。
3人の子供も今は結婚したり、仕事に学校にとそれぞれ家を出ており、夫婦水入らずの生活である。

ホッケは煮付けにして食べたが、どうも干物のほうがうまいような気がする。
 
 
posted by hakobulu at 12:50| Comment(4) | TrackBack(0) | ある日の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

犬の毛触り

84歳(だったと思う)の叔母がいる。
40年ほど前に離婚した。
息子が2人いた。
下の次男を引き取って一緒にアパートで暮らしてきた。
長男は会社の後継者として父親と他の市へ移住した。
お互いの住居は特別離れているわけではなかったが、気軽に行き来できる距離でもなかった。

甥の私が言うのも何だが、叔母は若いときからかなりの美人でこの年になってもその面影はある。
離婚後は慰謝料を元手に商売を始めたりしていたが、うまくいかず、仲居などの好きなサービス業を転々として生計を立てていた。
10年ほど前から足腰が弱り、体調の良し悪しで出歩ける日が限られるようになった。
私の母親(本人の姉)の葬式にも来られず嘆いていたことがある。

まだ離婚する前、私が小さい頃にはお互いの家をよく行き来したし、私にとってのいとこである二人の息子とも楽しく遊んだものだ。
離婚してからは、私が関西に長かったせいもあり、叔母と会う機会は殆んど無かった。
生前の私の母親とも何か確執があったらしい。(死の直前に和解したが)
私の母親の死後は年に1、2回顔を合わせるようになったが、同居している次男のほうとは40年以上、全く会っていなかった。

叔母とその夫との確執は相当根深いものがあるように感じる。
離婚直後はそうでもなかったようだが、生活が苦しくなっていくにつれ、夫についていった長男をもいつしか夫と同一視し、敵視するようになっていったような気がする。
この憎しみは長男の神経をひどく蝕んでいるような感触も受けた。

叔母は一昨年骨折して入院した。
同居していた次男が何かと世話を焼く立場になった。
たぶん散発的な仕事よりしてなかったように思う。
叔母の収入は国民年金のみだろう。

叔母がまだ入院中の去年のはじめ、その次男は自宅であるアパートで自殺した。
病院の支払いが滞り、催促にいった関係者と警察によって発見された。
叔母も立ち会った。
他に身よりは無いと言い張る叔母の言葉を信じ、市の関係者は無縁仏にするつもりでいたらしい。

しばらくして息子がもう一人いることが判明し、父親と長男が骨壷を引き取りに来た。
叔母は一人で暮らせる状態ではなく、昨日、老人ホームに入居した。
骨折はよくなったようだが、長い入院で筋力が大分弱っているようだ。

同じ市内に暮らしているが、ここ5年以上も行き来はなかった。
年賀状の返事が来る年も来ない年もあった。
叔母の骨折やいとこの自殺は寝耳に水というやつであった。
父親と住んでいる長男が叔母を見舞った帰り道、40年振りに訪れて知らせてくれた。

今日、叔母に会うため老人ホームを訪れた。
次男が生前に買ってくれたものだ、と繰り返しつつ、犬のマスコットの頭を何度も何度も愛おしそうになで、長いあいだ彼女は、ほんの少しばかり目やにのついた濁りかけのまなこから、あふれる滴をひたすら化粧もないやや乾燥気味の頬に流し続けるままにした。

いくぶん毛が長めのマスコット犬であったが、これから暑くなるにむさくるしいほどではないな、と思った。
叔母と一緒にその毛を撫でた。
手触りは悪くはなかった。
そう安いものではないだろうな、という気がした。
何とかいう種類の犬に似ているとも思ったが、どうもうまく思い出せなかった。
 
posted by hakobulu at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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