2008年04月11日

VOL.1 ADHD な方々

ADHDって何?
ここは、ふとしたきっかけで [ ADHDって何? ] と思った私が、素人の目で ADHD を理解していこうとするカテゴリーです。

まず最初に、有名どころで ADHD と目されている人たちをご紹介しておきます。
紹介、と言っても私の知り合いではありません。
もしそうであったならとても嬉しいのですが、以下で登場していただく方々は WIKIPEDIA からの抜粋です。
(注:拙ログに共通したことですが、オレンジ色で表示されている箇所は、クリックするとその表示に関連する URL にジャンプします。詳しくお知りになりたい場合はクリックしてみてください。)

なぜ有名人の紹介からスタートするのか、と言えば、ADHD の日本語訳があまりに怖ろしげで誤解を招きやすいのではないか、と思うからです。
ADHD は一つの個性であって、社会生活を営む上で多少の不便はあるけれど、一般人に比べて劣っているわけではなく、むしろ優秀な方々だって非常に多いのだ、ということをお示しするためです。

ADHD はAttention Deficit / Hyperactivity Disorder。
「注意欠陥多動性障害」と邦訳されます。
しかし、
「欠陥」って何?
「障害」って何?
ということを少し考えてみたいな、と思い ADHD というカテゴリーを新設しました。
勉強し始めたばかりなので、少しづつネットなどで知り得たことをその都度書き留めていきたいと考えています。
もし、間違いや不適切な表現がありましたら、ご指摘いただけると大変ありがたいと思います。

以下が、『ADHD な有名人』の一覧です。
----------------------------------------------------------
[政治家]
ジョン・F・ケネディ(アメリカ合衆国第35代大統領
ビル・クリントン(アメリカ合衆国第42代大統領
ウィンストン・チャーチル(元イギリス首相)
坂本龍馬(幕末日本の政治家・実業家)

[武将]
源義経(平安時代の武将)
織田信長(戦国大名)

[企業家]
リチャード・ブランソン (ヴァージン・グループCEO)
ヘンリー・フォード (フォード・モーター創業者)
ビル・ゲイツ (マイクロソフトCEO)
スティーブ・ジョブズ (アップル社共同設立者)
マルコム・フォーブス (フォーブス誌元発行人)
ウォルト・ディズニー
テッド・ターナー(CNN創業者)
デビッド・ニールマン (ジェットブルー航空CEO)

[建築家]
フランク・ロイド・ライト

[芸術家]
サルバドール・ダリ
パブロ・ピカソ
フィンセント・ファン・ゴッホ

[アスリート]
マイケル・ジョーダン (プロバスケット選手)
マジック・ジョンソン (プロバスケット選手)
ノーラン・ライアン(元メジャーリーガー)

[文豪]
エミリー・ブロンテ
シャーロット・ブロンテ
エミリー・ディキンソン
エドガー・アラン・ポー
ロバート・フロスト
レフ・トルストイ

[探検家]
クリストファー・コロンブス

[音楽家]
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
ショーン・コムズ (ラッパー兼プロデューサー)
ボノ (U2ボーカル)

[俳優・芸能人]
アン・バンクロフト
ジム・キャリー
スティーブ・マックイーン
ジャック・ニコルソン
エルビス・プレスリー
シルベスター・スタローン
ロビン・ウィリアムス
ダスティン・ホフマン
ウーピー・ゴールドバーグ
パリス・ヒルトン

[発明家]
レオナルド・ダ・ヴィンチ
グレアム・ベル
トーマス・エジソン
ベンジャミン・フランクリン
ライト兄弟

[写真家]
アンセル・アダムス

[物理学者]
アルベルト・アインシュタイン
------------------------------------------------------
とても優秀な方々ですね。
ADHD であればこその資質をうまく生かせた人々なのだと思います。
企業家のデビッド・ニールマン (ジェットブルー航空CEO)は、ADHD であることを「2000年CNN放送にて自ら告白」したそうです。

かつては学業中退者であったデービッド・ニールマンは、航空券のペーパーレス化や米国10番目のジェットブルー航空の創業という偉業を、ADHDの特性なしでは成し得なかったと米メディアで語っており、自身がADHDを抑える薬物の飲用を頑なに拒んでいることを明かしたエピソードと並んで有名である。
と WIKI で解説されています。

ビル・ゲイツの名前も見えます。
ビル・ゲイツと言えばマイクロソフト。
世界長者番付の一位を2007年まで13年間!も独占した人物。(2008年は第3位でした)
世界一のお金持ち!
私のような貧乏人は、どうしてもこの方面に注目してしまいますね。
冒頭近くで「知り合いであったら嬉しいのに・・」と述べたのには、こういった理由も含まれていることを認めます。^^;

ADHD に対する理解に関してはアメリカが最先端を走っていると言われています。
それでも無理解はまだ存在するわけで、ましてこういった目に見えない心関連の事象を正しく認識することに関しては後進国と言って差し支えない日本においては、ADHD と認定される方々が周囲の理不尽な対応に苦慮していることは容易に想像できます。

『理不尽な対応』は、その対応をされる側ばかりではなく、する側の心にも良くない影響を与えるのは明白な事実でしょう。
しかし、よほどの場合を除いて、理不尽を為す側は、それと知って理不尽を為しているわけではないと思う。
ある人の感じる理不尽と他の人にとっての正当が同じものだったりする。
それはなぜか。
どうあるのが理想的か。
ADHD に関する知識を求めつつ、この当たりまで掘り下げられるといいのだが・・・、と思っています。
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2008年04月13日

VOL.2 ADHD とは

VOL.1 でも書きましたが、ADHD は、
Attention Deficit / Hyperactivity Disorder。
「注意欠陥多動性障害」と邦訳されています。
この Dificit という単語は、辞書に「欠損・赤字」などという訳も載っており、 こちらのほうがむしろ適切ではないか、という気もします。
「欠陥」という表現は、何か人格に欠陥があるかのようなイメージを与えてしまいやすいようでしっくりきません。
「注意欠損」とすると、「人格的にどうということはないけど、たまたま注意力が不足しがちで〜」という本来の理解につながるのではないでしょうか。

また、「障害」という名前になっていますが、これもどうなんでしょうね。
今はその実態を勉強中なので、この段階であまり言及するのはやめておきます。
しかし、ビル・ゲイツが障害を持っていると言われてもねえ・・・。
障害を持っていない人ってどんな人?
ってことになりません?
あ、障害を持っていないというのはものすごくつまらないことだったりして・・・、もしかして・・。
ま、いいや。
このへんは、いずれゆっくりと言及してみたいと思います。

ADHD とは何か、でした。
ひとことで言うと
「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない脳神経学的な疾患」です。
これは日本で最初のADHD専門サイト『NPO エジソンクラブ』のホームページから抜粋したものです。

「え〜?やっぱり疾患なんだ。コントロールできない?こわい・・」とか言って恐れおののいているそこのあなた。
ちょっとお待ちください。

コントロールできないのは「注意力・衝動性・多動性」なんですが、
あなたも注意力不足で失敗したことありませんか?
衝動的に何かをしてしまったことは?
いつも、そわそわしたりせずに落ち着き払っていられますか?
そうだと断言できる方は少ないでしょう。

ADHDの方は、ただ、その程度が甚(はなは)だしいだけなのです。
無論、甚だしいことによって色々な不都合が生じることは確かです。
その点については今後さらに詳しく述べていきたいと思っています。
ただ、ここでは、「全く想像もつかない、わけわからないものじゃない」ということを知って欲しいと思います。
わけのわからない人が世界一のお金持ちになれるはずありませんよね?
ビル・ゲイツのように。
どうしてもここへ来てしまう。^^;

「甚だしい【だけ】とかって、気楽に言ってくれるじゃないの。どんだけしんどいかわかってんのか?」
ADHDな人からはこう言われそうですね。
気楽に言っているのではなく、なるべく事実に沿って解釈していくしかないと思うので、こういう表現にならざるを得ないわけです。
つまり、しんどくて大変な部分はあると思いますが、
なぜしんといのか。
なぜ大変なのか。
そう感じる根本的な原因はなんなのか、というところまで行きたいと思っています。

「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない」ということを、もう少し具体的に見てみましょう。
前出の『NPO エジソンクラブ』のページでは、
・単調な作業を長時間できない
・忘れっぽい
・些細なミスをする
・考えずに行動する
・落ち着きがない、多弁で時間や物の管理ができない
などを主な特徴としてあげています。

ある漫画家さん(この方もご自身が ADHD です)のサイトでは、
・ちょっとしたことで注意が逸れやすい
・整理能力が低い
・計画性がない
・時間を守れない
・衝動的
・感情的
・自分をコントロールするのが苦手
・常に体や気持ちが落ち着かない(これは大人になると多少改善されます)
・そんな特徴が、同じ知能、同じ年齢の人達の平均に比べて、顕著に見られる。
というようにまとめられています。

また、重要なこととして、
【以上のことが、7歳以下の頃から現在まで続いていて、生活が困難な程、支障がでている(↑つまり支障がないレベルはADHDではないというわけ)】
という注釈もつけられています。

「な〜んだ、誰にでもありそうなことじゃん」と思っても口に出してはいけません。
あるアンケートによると、これは ADHD な方が言われたくない言葉堂々の第2位なのです!!!\(^^)/(←喜んでる場合か!GON √(-_-;))
第1位は何って?
いずれゆっくりご紹介しますのでお楽しみに・・^^

誰にでもありそうなことなんだけど、先に述べたようにその「程度が甚だしい」ということをきちんと認識しておく必要がありそうです。
ADHD な方自身も、ADHD な方と接する方も。
程度が甚だしいのは、そういう風にできているからで、
「わざと甚だしくしているわけではない」
という認識が重要になってくるような気がするわけです。
このへんも少しづつ詰めていきたいと思います。

この『NPO エジソンクラブ』の代表 高山恵子さんご自身もADHDだそうです。
埼玉県在住の
・薬剤師
・臨床心理士
・ADDA(アメリカADD協会)会員
で、厚生労働省や埼玉県・東京都のADHD関連の委員を歴任されている方です。

大学時代のあだ名は、なんと「ズレちゃん」。^^;
詳しくはホームページをご覧になっていただけばと思いますが、ここではプロフィール欄の一部をご紹介しておきます。
*********************
 今考えると、「ズレちゃん」呼ばれるたびに「無理してみんなと同じになる必要はないのかもしれない」と、ミスした時に落ち込みすぎないように、潜在的に自己防衛をしていたようです。結果的にありのままの自分を受け入れ、背伸びをしない、自分を必要以上によくみせるためにストレスがかかるようなことは無理にやらない、と言う生活スタイルが身に付いたようです。
*********************

『とんとこの風景』というホームページも参考にさせていただいています。
この方は大阪在住で、お姉さんの美容健康系のお店を手伝っている主婦の方らしい。
OAインストラクターの資格もお持ちだそうです。

このサイトの「主症状」という項を見ると、「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない」内容が、もう少し詳しく書かれています。
また、このサイトでは、
・ADHD にも程度の幅がかなりあること
・すべての症状が誰にも必ず出るわけではなく、たとえば片付けの上手な ADHD な方もいること
なども知りました。

同じくこの方の Contentsページから、「自己紹介Part2」を覗いてみると ADHD な方の日常がよくわかるような気がします。
一部抜粋してみましょう。
【やらなければいけないことはいっぱいあります。
部屋の片付け、台所の片付け、洗濯物、トイレ掃除・・・買い物・・・
でも、どれから手をつければいいのかわからないのです。
普通の人なら・・・どう考えて、手順を決めてやっていくのでしょう?
私の疑問です。】

【それからしばらくして、またまた片付けのことで夫と喧嘩をしてしまいました。
「どうして、片付けられへんねん!」
不機嫌そうに怒鳴る夫に、私は頭に浮かんだ言葉をそのまま投げつけました。
「だって、片付け方、知らないんだもん!」】
勇気要ったでしょうねえ.^^;
さてご主人は何と応えたでしょうか?
興味ある方は是非ご一読を。


今回引用させていただいた
『NPO エジソンクラブ』と、
『とんとこの風景』
には、引き続きお世話になる予定です。

他のサイトも含めてもう少し勉強してから近いうちにまたアップしたいと思っています。


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2008年04月14日

VOL.3 ADHD の原因

VOL.1 では、
ADHD とされる方々には、ビル・ゲイツのような優秀で、しかも世界一のお金持ちになるような方もたくさんいることをお話しました。
無論、ADHD の方であれば誰でも優れた能力を持っている、ということではありません。
ADHD であるかないかということと、能力があるかないかということは全く関係がない、ということの象徴的事柄として覚えていただきたいということです。

ビル・ゲイツは、今年(2008年)の7月で経営の第一線から退く予定です。
教育や医療分野での投資や慈善活動を行うために、夫人と共に設立したBill & Melinda Gates Foundationに費やす時間を増やしたい、というのが、その目的のようです。
人間性の面でも優れていたんですね。
お金のことばかりに注目してきた贖罪として、このことをご報告しておきます。^^;

VOL.2 では、
ADHD とは、
「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない脳神経学的な疾患」
であることについて書きました。
そうなると、なぜそうなるの? という疑問が当然湧いてきますよね。

このVOL.3 では、ADHD の原因について調べたこと、感じたことを書いてみようと思います。
原因については『フロンティア★ADHD』というホームページがとてもわかりやすく説明してくれています。
これは、「アーサ」さんという漫画家の方のサイトです。
メインコンテンツ漫画で解説★ADHD を見ると、他にも色んな内容が漫画で解説されていて、とてもわかりやすいです。
VOL.2 で触れた、「ある漫画家さんのサイト」というのはこちらのことでした。

アーサさんは、ADHD のメカニズムを、
「集中したい時でも、前頭葉が情報の雪崩れ込みを上手く押さえることができず、逆に集中力が下がる」と表現しています。
ADHDの原因は何?というページにもっとくわしく書かれています。

では、どうしてそうなるのか?
これも漫画と一緒にご覧いただくのが一番いいのですが(何しろ漫画家さんですから^^)、画面開くの面倒、あるいはお急ぎの方のために、抜粋しながら少しまとめておきたいと思います。

あんまし小難しいこと言われても聞くの面倒なんだよねえ〜。
とおっしゃる正直な^^;あなたのために、
とても大雑把に!
なるべく短く!
というスタンスでご説明させていただきます。
専門家の方や、詳しい方、多少のことには目をつぶってお付き合いください。^^;

簡潔にまとめてますので、○→-----から-----→●までをまずお読みください。
○→-----------------------------------------------
人間の脳神経細胞というのは一本でできているわけではありません。
大体1000億個ぐらいあります。
それら1000億個の脳神経細胞がいくつかのグループに分かれ、お互いに連携を取り合ってひとつの命令を体の各部に出しているらしいです(見たことはありませんが^^;)。

「連携」といっても、脳神経細胞同士が物理的につながっているわけではありません。
すこ〜しだけ隙間が空いていて、その隙間のことをシナプスと呼びます。
このシナプスを通じて、ひとつの脳神経細胞から次の脳神経細胞に、「化学物質」が放出されることで連携がついているのです。

色んな「化学物質」があります。
「やる気を出す化学物質」のひとつに「ドーパミン」と呼ばれるものがあります。
端的に言うと、ADHD な方は、
・ドーパミンの出る量が少ない、あるいは、
・ドーパミンを浴びる細胞の、ドーパミン吸収率が悪い
ということになります。

結果として、
・ど忘れ
・気が散りやすい
・整理整頓が苦手
・時間が守れない
ということになる。
-----------------------------------------------→●
大体こういうことです。
(ADHD にも様々なタイプがありますし、厳密に言うとはっきりした原因はわかっていないらしいです。ただ、ドーパミンが関与していることだけは確かなことのようです。)

そういう仕様に最初からなっている、わけです。
ちょっと乱暴かもしれませんが、個人的には、ウインドウズとマックというOS の違いみたいなもんだと思っています。
ウインドウズの OS に向かって、「どうしてマックみたいにうまくデザイン作業ができないんだ」と目くじらを立てるのは変ですよね。^^;
VOL.2でも述べましたが、

わざとズボラしてるわけでも、
いい加減な気持ちでいるわけでもない、


ということを、まず良く理解しておくことが大事なのだと思います。

では、前回お約束していた
「ADHD な方々がもっとも言われたくない言葉 第一位」です。
それは、
『なんで出来ないの?』
です。
こうして原因がわかれば、この言葉が第一位になるのもよくわかりますね。
むやみにこの言葉を使う前に、ちょっと考えてみる必要がありそうです。
元々、何の建設的意味もない、単なる感情的誹謗にすぎない言葉ですしね。
因みに、これは漫画家アーサさんが行なったアンケートの結果です。

それにしても、何のために理解しなくちゃならないの?
とお聞きになりますか?^^;
お答えしましょう。
どんな場合でも、事実を正しく理解することによって適切な対処ができますよね。
最も重要なことは、
適切な対処が行なわれることで、私たちの周囲の環境、人間関係、さらには世界というものの有り様も適切になっていく、ということです。

ですから、「適切な対処」は、どんな場合においても、「特定の人々のためだけ」ということには決してなり得ません。
ADHD についてよく理解しようとすることは、この社会全体をより適切なものにしていくことと同義である、ということではないでしょうか。

次回は、ADHD な方々の日頃の思いや日常について、ネットから検索してみます。
また、掲示板などもご紹介しつつ、実際にどのような悩みをお持ちになっているのか、について取り上げてみたいと思っています。
 
posted by hakobulu at 20:16| Comment(6) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

VOL.4 ADHD な日常

今回は、ADHD な方の日常についてわかりやすく書かれているホームページをご紹介してみます。
引用や抜粋に終始することになるため、多少長くなるかもしれません。

外側から見る「ADHD 的(注意欠陥多動的)な言動・動作」と、ADHD な方ご本人が実際に感じている気持ちの内側

を、ときどき想像比較しながらご覧いただければありがたいと思います。
オレンジ色の字は、クリックするとリンクしている関連ページの全文がご覧いただけますが、ほんの一部だけ抜粋も併用しました。

******************************


◇◇◇ 1.『とんとこの風景』 ◇◇◇

前にもご登場いただいたこのサイトでは、とんとこさんの子供の頃から結婚後までのことを「自己紹介 Part2 」というコンテンツに掲載しています。
まず、こちらからご紹介させていただきます。

【ADHDと診断されるまで・・・就学期編】
>子供のころから落ち着きはありませんでした。(らしい)
非常にちょろちょろしていて、すぐにどっかに行ってしまう。
>物心ついたころから、部屋は散らかりっぱなし!!片付けても3日と持ちません。

>小学校高学年ぐらいからというと、本人も微妙な違和感を感じるようになってきて
「なんか、ほかの人とうまく交われない。私って本当の友達いない・・・」
と・・・うすぼんやりと思うようになってきました。

>大学へ入ってからが大変でした。やはり、人付き合いで多くの失敗を繰り返しました。
サークルじゃ同回生に総スカン。学科でもみょうに浮いた存在、話する子はいっぱいいるのに、ご飯を食べたりする友達がいない。

【ADHDと診断されるまで・・・大人編】
>初めての職場を退職するとき、私はさまざまな問題を抱えていて、とうとうノイローゼになってしまったのです。
退職とほぼ同じく、家の近所にあった精神科に通院をはじめました。

>社長にも何度も呼び出しをくらいました。
「どうして、ちゃんと手順が組めないの?」
「どうして、仕事の優先順位を決めることができないの?」
言い返す言葉もない私でした。しかし、今ならわかります。なぜできないのか!!それは・・・
優先順位のつけ方がわからないから!!
なのでした。

【ADHDと診断されるまで・・・結婚編】
>私の家は・・・無秩序です・・・散らかっています。
>やらなければいけないことはいっぱいあります。
部屋の片付け、台所の片付け、洗濯物、トイレ掃除・・・買い物・・・
でも、どれから手をつければいいのかわからないのです。
普通の人なら・・・どう考えて、手順を決めてやっていくのでしょう?
私の疑問です。
>その難関を前に、なすすべもないまま・・・何もしてないのにストレスがたまっていくのでした。

【ADHDと診断されるまで・・・気づきへの一歩】
>やがて、私の家事への不手際は、忙しい夫にとってもストレスとなってきたようでした。
「出したものは、元に戻せ!」
「なんでこんなところにかばんを置くんだ!!」
「足の踏み場がない!!」
「冷蔵庫にあるものはちゃんと使い切れ!いらんもんは買うな!」
怒られるたびに「ごめんね」を繰り返すことしかできない私。
相変わらず、状況の改善の方法がわからないので、夫から注意されても一向に変わりません。

>それからしばらくして、またまた片付けのことで夫と喧嘩をしてしまいました。
「どうして、片付けられへんねん!」
不機嫌そうに怒鳴る夫に、私は頭に浮かんだ言葉をそのまま投げつけました。
「だって、片付け方、知らないんだもん!」

言った瞬間、二人とも思いがけない言葉に呆然としました。
しかし、私はこの言葉によって、少し心が軽くなったんです。
「そうだ・・・私は片付け方を知らなかっただけなんだ・・・・」
半べそで私はもう一度、言いました。
「片付け方・・・わからへんねん・・・教えてもろたことないから・・・」

>夫は私のさっきの言葉を受けて、私に片付け方を教えてくれたのです。
私は「うん」とうなづきました。
そして、夫は続けて
「こんな風に片付ける道具があったら、とんとこは片付けられるのか?」
と聞きました。私はそれにうなづいて答えます。
「できる・・・がんばる」
「じゃあ・・・片付ける道具を明日買いに行こう」
やさしい夫の言葉に、私は心の中で思いました。
「この人と結婚できてよかった・・・」と・・・

【ADHDと診断されるまで・・・改善への一歩】
>本に書いてあったADD/ADHDの自己診断項目をチェックすると8割ほど合致しました。
この時点ではまだ、自分自身でもADHDであるかどうかの確信はもてませんでした。

>夫はにわかには信じられなかったようですが、彼は、
「診断を受けたわけでもないのに、それをそう決め付けるのは良くない」といいました。
夫の言うことは、まったくそのとおりだと思います。その言葉も手伝って、私は精神科に受診することを決めました。

【ADHDと診断されるまで・・・診察を受けて】
>先生が最後におっしゃった言葉はよく覚えています。
この先生は、決め付けてかかるような方ではありませんでした。

「お話を聞いている限りではとんとこさんはADHDではないですね。」と言われました。私はそうか・・・じゃあまた、原因探しをしなければいけないのか・・・と、ちょっと気持ちがへこみました。
しかし、「けれど、ご主人という協力者がいるから、それ(ADHD的な症状)がカバーされているだけかもしれません、検査をしましょう。」

>先生は検査結果をおっしゃいました。
「中位程度のADHD」です。
先生のこの一言を聞いた瞬間、体の力が抜けました。
「やっと・・・症状に適した治療を受けることができる・・・」

「とんとこの思うがまま」にも、内面の気持ちが詳しく書かれています。

******************************


◇◇◇ 2.『 ADDed 』 ◇◇◇

次は「ロクスケ」さんという方のサイトで、非常に緻密に構成されているホームページという印象を受けました。
ご本人は、ADHD から多動性の要素が抜けた 「ADD=注意欠陥障害」 ということらしいです。
この方の ADD な日常は、まず、
「私の場合の問題 」というコンテンツで窺うことができます。
じっくりお読みいただくのが一番いいと思いますが、少しだけ抜粋してみます。

>私が四、五歳の頃、母親は一時として気の休まる事がなかったろう。
>たとえば床屋で散髪をしてもらう間、私は一秒もじっとしていることが出来なく、髪を刈る床屋の主人と私の頭を押さえつける奥さんのペアでしか私の散髪が出来なかった。

>私が小学校にはいると、母は再三学校に呼びつけられたらしい。家に帰ってきては、私に懇々と説教をした。

>幸福な高校時代にも私なりに様々な問題処理にエネルギーを費やしていたが、いっさいその効果が現れなかったのは成績だった。
>私は勉強しようとし、教科書やノート、参考書を広げて必死に集中しようとしていた。
が、絶対に不可能だった。一分として一つのことをやっていられない。

>受験勉強など何一つ出来ず、いくら参考書を広げても何を勉強して良いかわからず、下がり続ける成績に追いつめられていった。
そして、入試の時、何も書けず当然落ちた。

>それから現在に至るまで成功したとは言い難い。三十回ではきかないであろう転職を繰り返した。
仕事に対して理解できなかったとか能力が低すぎたとは必ずしもいえない。
どこの会社でも一から始めるわけで知識の習得は誰にとっても大変だろうが、私は割合早くおぼえたし、結構戦力になったと思っている。

問題は、人間関係だった。自分の雑学をひけらかしているのを、相手は相当いらだっていたろうと気がつくのは、いつもその後なのだ。
一度気がついたら止めればいいものを,知らないうちにまた繰り返している。
一度自分の意見を述べ始めたら止まらなくなり、人の意見を聞くことが実際苦手だった。
時によって、他の人間が馬鹿に見えて仕方がなかった。

>人間関係以外の問題は、嫌いなことや興味を持てない仕事を、それが必要であることを十分に認識しながらやり通すことが出来なかった点だ。

>ファイリングが絶望的にだめだった。書類が机の上に山積みになり、よく紛失し、とんでもないファイルに関係のない書類が綴じ込まれていた。
共同で使うファイルや資料を、使った後元に戻すことが出来なかった。さらに、つまらないミスを際限なく繰り返した。

>仕事を先延ばしにしお客があきらめることがあった。必死になってごまかしたが、ごまかしきれなかった。
だが、興味を持った仕事はお客がびっくりするほど素早く、手際よくこなし、私の評価は客先によって天地ほどの差があった。
曰く、二度と来るなというものから、ロクスケさん以外には頼めないまで。

>有限会社を興し、その手続きはすべて自分でやった。
>相変わらず仕事の基準を損得や要不要ではなく、好き嫌いに置く傾向が改まらず、仕事の優先順位を決められず、勤めていたときのようにそれを訂正してくれる人間が居なかった。
必要だと痛感しながら先延ばしにし納期はお話にならないほど遅れまくり、誰も言い訳を聞いてくれなくなった。

>つまり、私は自分を律することが絶望的に不可能なため、一人で自営などは出来るはずがない。
それは理解したが、再就職するにも人間関係を円満に続けることが出来ず、今はほとんど口を利く人間が周りにいない。

>私の言い分はともかく、社会人として私がはなはだ不適切な人間であることは痛感している。
そのすべての原因がADDではないだろうが、何にしろ私が対人恐怖の傾向を強めているのは事実だ。
自己否定の傾向が強まっている。

>ADD障害を説明するために何でもかんでも一度に起きたかのように書いている。実際は六十年近く生きていれば相当なことも慣れで出来る。

自分なりに、とりあえず今ホームレスにもならず生きているのだから運が良ければあと二十年このままでいけるのではないか。
家庭を持たず、周りに口を利く人間が居ず、自分を全く律することが出来なくとも、食べたいときに食べ、寝たいときに寝、やりたくないことはやらない状態が続けられる間は、別にトラブルではないのだ。


自分が崩壊するのではないかという予想もあるが、あまり危機感も感じない。

同じサイトの、「ADDは言い訳の理由にならない。」
というコンテンツからも少し抜粋してみます。

>普通の人なら、食事をしているうちに、昔見た映画のことを思い出し、その主演俳優が誰だったかが気になって食事を続けられないという事はないはずだ。
仮にちょっと気になったとしても、食事がすんでから調べれば良いだけのことだし、別に知らないままでもかまわないことだ。
が、私は、それが一度頭の中に浮かんでしまうと、食事のことが頭から消えてしまう。
で、その映画のことを書いた資料を探すことになる。

運良く直ぐ見つかる事などあるはずが無く、前に作りかけて放り出してあった試作品のスケッチが運悪く床の上に散乱した山の中にあったりすると、たちまちそのスケッチを検討し、図面を書き直す作業が始まる。映画のことも主演俳優のこともきれいに頭から消えている。
図面を書くためにテーブルに載っている食器を押しのけようとして自分が食事中だったことを思い出すが、いまは図面を描いて、終わってから食事を再開しようと思う。
>このように、私はそのとき瞬間的に意識に上った物に、食いつき瞬間的に集中してしまう。
継続して一つのことに集中することが出来ないのだ。

>物を片づける事が出来ないように、私は情報を整理することが出来ない。
食事、洗濯、入浴、洗顔などなど、毎日機械的に繰り返す作業は身体が覚えるので意識しないで出来る。
もちろん完全ではないが、致命的な事までには至っていない。
何が致命的かは各人で判断が違うだろうが。
が、この機械的がくせ者なのだ。

会社勤めをしていたとき、休みの日に全く別なところへゆく必要があり家を出るのだが、気がついたら通勤ルートの駅で降りていることなど日常茶飯事だ。
エアコンをテレビのリモコンで操作しようとしたり、漬け物の小鉢に卵を割り入れてしまったりのたぐいは、いちいち数えていない。(卵をかけた漬け物はまずい。やらない方が良い)

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◇◇◇ 3.『夜明け』 ◇◇◇

三つ目のこのサイトには、
「ADHDなんでも掲示板」が設置されています。
こちらからいくつか抜粋してみます。
表示した質問文は全文ではありません。
レスは載せていません。
ご覧になりたい方は、オレンジ色の質問タイトルをクリックして掲示板にアクセスしてください。
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【 No.9631 悩んでます。仕事できません。子育てもできません。】
事務系の書類確認をしているのですが、
判子を忘れたり、抜けていたり、周りに迷惑ばかりかけています。
晩御飯を作るという作業も嫌です。
しなくて良いならお金がかかってもしません。
嫌と言うより、できないです。掃除もできません。
5歳の娘が部屋を散らかすのを片付けなさいといいますが、
片付け方がわからないので、娘も「どこに?」みたいになります。
仕事も失敗ばかりです。
やめたいです。でもやめたら生活できません。
できれば一生引きこもっていたいです。
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【 No.9500 恋人とうまくいってますか?  】
>つい最近、彼女と別れました。
>せっかく3年もお付き合いしてもらったのですが
今の仕事を辞めてもっと安定した仕事をしてほしいと言われたので
無理して他の仕事を始めボロボロになり辞め、あなたは頭がいいのに甘えているとののしられ(激励だとわかってます、頭が良いというのは発想力ある話ができるからだと思います)
私生活でもだらしないと言われ、

>もう無理をして普通にするのは苦痛で精神的にまいってしまい無職になり、さらにののしられADHDである事をくわしく伝えましたが
あまり理解してもらえず、将来を悲観し別れてもらうことにしました。

>過去の彼女は私の個性をそれなりに尊重してくれましたが、
今回の彼女はかなりしっかりものなので、自分も直すようにこっぴどく言われました。
多動が強いのでジッとしてるのがかなり苦手で落ち着け。
切符の入れた場所をすぐ忘れる。
気が利くのと気かないのがはっきりわかれる。
友達を呼んで集まるのが好きな人でしたが普通系の方が多く、私は個性的な人と話すのは好きですが、普通っぽい会話が苦手で集まりにいくのを嫌がる。
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【 No.9222 しんどいです  】
仕事の度に何か間違っていないかな、伝達忘れしていないか、今日はチーフに怒られないようになどと、いつも気にして仕事をする日々。会社に行く前も忘れ物がないか常に考えています。
もちろん、メモを取るなどの対応もしていますが、突然何か発生するとどんなことをしていいかわからずパニックになる事も。仕事の優先順位がわからず頭が真っ白になってしまったり、そんな事の繰り返しです。

最近では、仕事に入る時には吐き気をするくらいです。
かなり気持ちの上でも参ってしまっています。
仕事を辞めたくても自分が次にどんな仕事をしたいのかが見えないし、仕事をしなければ主人には文句を言われ、仕事の事を話しても怒るばかりで、だらしがないと言われてしまう始末・・・。
もちろん、主人にはADHDなんて言えないし、言ったところで全く理解してもらえない。仕事も辞めれず、誰にも相談できずの八方塞がり状態。
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【 No.8639 注意障害だと思います。仕事ができない 】
今まで普通とはすこしずれてると思ってましたが、
完璧に注意障害の気がします。

小さい頃から運動ができず、縄跳びも跳べません。跳び箱もできません。
運転して、道を覚えるのにものすごく時間がかかります。
メモして、目印を書いて、じゃないと行けません。
日常では財布が見つからない、あわてるとイライラする、
用意しておいたものを忘れる、スーパーで買ったものを置いてくる。
掃除や片付けはしてもどうして部屋がきれいにならないのかわかりません。
料理をすることさえ後回しにしてしまう傾向があるので、
コンビニご飯が多いです。

結婚はしましたが、離婚しました。片付けられないのにこだわる、
物を忘れる、イライラして切れやすいので愛想をつかされたようなものです。
子供がいるのでなんとかして正社員に、と思って入ったのですが、
あまりのできなさ加減に、イライラするし、疲れるし、
ますます劣等感ばかり募ってます。
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この『夜明け』 には、他にも掲示板があります。
その中の
「仕事と生活の掲示板」からも少しご紹介してみたいと思います。
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【  1287 とうとう、仕事を辞めました。  】
仕事はのろい、一度で覚えない、片づけが出来ない、
そんなことを毎日毎日言われ、頭の中はフリーズし、
緊張し、何か言われないかとびくびくし、
人と話をすれば、どこかピントがずれているといわれ、
約5ヶ月間ではありましたが、まるで地獄でした。

自分で気をつけようと思うのですが、
仕事では同じミスを繰り返し、クレームは来るし・・・。
「きちんとした人を入れてほしい」などと言われるし。

ただ、毎日びくびくびくびくして働いていたのですが、
それから開放されると言うことはとてもうれしいのです。
でも、働かねばならない。
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【 1437 面接を断ったら・・・だんなが・・・愚痴です。 】
>今日も面接を受けました。でも、人間関係が
うまくいきそうもなかったので、断りました。

>仕事場で共通していわれる言葉が、
1.遅い
2.人の話を聞かない
3.同じ失敗を何度も繰り返す
です。
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【 1447 Re:体力の限界が来るのが人より早いのでしょうか? 】
仕事でも、プライベートでも、非日常のイベントや、
>緊急非常事態のとき、ものすごく集中できます。
>飛び入りの超緊張する仕事。
>学生時代の河原でバーベキューとか。
>小学校の宿泊訓練のときも。
>頭も体も別人のように良く回転し、いつもこんな自分だったら
>どんなにいいか、と自分に感心するほどです。
:私も、「どんなことにも対処する」ということが自分のすべきことだと思っていました。
使命のような。今、これをするのは私!みたいな・…

>しかし!
>フル回転しといて、あっというまに気が付くと
>自分の限界を超えています。
>肩がこる→頭が割れそうな頭痛→吐き気
>他の皆はそんなに疲れてないのに、明らかに自分だけしんどくなってて
>でもヘロヘロしながらも人前ではなんとか繕って、
>日常の作業はもう放置して(←そして先延ばし)
>家に帰ったとたんにスイッチが切れたみたいに動かなくなります。
>そして数日、後遺症のように体調を崩します。(アトピーの悪化とか)
:同じです。。。
それに気がつくのに、20年くらい掛かってしまいました。
気づいた今でも、やりすぎの後は、寝込んでしまったり。
最近では、「一時的なやりすぎ」をストップさせることはできるのですが、
「長期的なやりすぎ」に気がつかないことがあります。
日々、やりすぎ度がたまり、燃え尽きます;;;

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◇◇◇ 4.『 のんびりsupporters 』 ◇◇◇

こちらのサイトにある「ADHD談話室 」という掲示板からも一部抜粋させていただきたいと思います。
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【習い事について】
>ADHDの小三の息子がいます。
先日父親が、「礼儀・作法を学べるから何か武道をやらせたい」と言ったのがきっかけで、家から通えそうな道場を探し、見学に行きました。
その際、主催者の先生と話をし、息子がADHDであることを伝えると、
「当道場にも、同じような子供達が数人います。最初は落ち着きがありませんが、
暫くすると皆きちんと出来る様になりました。」
と言われました。
(ところが)
>「ADHDは幼少の頃のその子供の育ちに問題がある。
例えば幼少の頃、注意をするときにひどく叩かれたり、逆にとても甘やかされ
ていたりなど、何らかの原因で親子のコミュニケーションのとり方に問題が
あり、ある部分が欠落した状態で成長してしまった為に発生する心の病」
と言われたので、内心驚きました。
私自身、息子がADHDだとわかってから、自分なりにADHDについて勉強してきた
つもりでした。
その中で、『ADHDは親のしつけ等の問題でおこるものではないといゆう事と、
その子供の脳の特徴のようなものであり、心の病などではない』という認識
をもっていたからです。
なので、今はその道場に息子を通わせるのを躊躇しています。

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【叩かれた時の対応】
子供が通う保育園のクラスにADHDのお子さんがいます。
うちの子を含め友達への暴力がひどく、現在専任の先生がついて
います。
そのお子さんなのですが、私がお迎えに行くとかなりの確率で
私を叩いてきます。何度も注意しているのですが、いっこうに
やめてくれません。先生も、「叩いたら謝る」という流れの対処
しかして下さらず、私自身どうしたら良いのかわかりません。
子供が見ている前で、理由もなく叩かれているのもどうかと思う
ので・・・。
何か良い対応方法があればお聞かせ願えませんでしょうか?
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【1年の息子〜先生によばれる事多々〜】
相談事は一年の次男です。
・クラスメートに「腐った大根」といわれた。→それに対しいすを投げようとした。
・友達の口に干からびたミミズをいれた。
・お友達の傘をひっくり返して壊した。
・お友達につねられた→自由帳にその子の顔を書いて○○マンバカなどと落書きした。
・円形脱毛

凝りだすと集中してなにか出来るのですが、準備がとてもおそかったり、人の話を上の空に聞いていたりすることも多々ある子です。
どちらかというと目立ちたがり屋で、大きな返事・音楽の時間の歌・遊戯などはいつも誉められます。
授業中などの問題行動はないようです。
以上が息子について困った出来事です。
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【兄弟それぞれへの接し方】
下は兄とは真逆のような子で、幼稚園のころからこれも足りない、あれも足りない。
ひどい先生には、兄弟でも全くちがいますね。と差別的なことも
いわれてきました。小1の時の担任と相性が悪く、子供の前で
お子さんADHDの疑いがあります。病院にいってくださいとわれたり、なにかお友達とトラブルがあると、
すべて息子のせい。究極だったんは、息子の上履きをゴミ箱にすてた子がいて、
あまりにもひどいとおもったので、そのことを伝えると、おたくのお子さんがなにかやったのではないですか?
といわれる始末。
精神的に、親子共々参ってしまって現在は面倒見が大変良い私立小に編入し通っています。
次男は知的には問題はないのですが、周りの空気がよみにくい。わらうつぼが人とちがう。
わらうつぼに入ると、いつまでも笑っていたり。一人でいることもぜんぜん平気です。
また頑固で、自分が明らかに間違えたことをして、指摘され本人もわかっているのだとおもわれるのですが、
意地でも、よくわからない言い訳をして、さらにおこられるといった
ような子で、自分で悪循環に陥っているといったような子です。

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次は【34才未亡人という名のプー】とおっしゃるマッコークジラさんのホームページ。
幼稚園の時から主婦となるまでのADHD な日常がかなり詳しく描かれています。
非常に工夫されていて、
「生育歴」なども表形式で一目瞭然。
「時期」「言動」「当時の環境」「心境」「周囲の評価 」ごとに簡潔に整理されています。
「 ABOUT ME 」
というコンテンツに直接アクセスしてください。

ご本人の ADHD の症状としては以下のようにまとめられています。

・ 覚醒レベルが低い
( 朝起きられない、すぐ寝てしまう、体がだるくて動かない )

・空間認知能力が低い
( 方向音痴、片付け下手、体があちこちにぶつかる )

・集中持続抑制にムラ
( 夢中になるとひたすら集中、興味の無い事をするのが苦痛 )

・時間感覚が弱い
( 夢中になると時間を忘れる、スケジュールが立てられない )

・衝動抑制が弱い
( 思いつきで行動、気紛れ )

・運動神経が鈍い
( 指先レベルに至るまで、あらゆる部分の動きが鈍い )

・論理的思考が苦手
( 思考の基本は時系列とイメージ、優先順位を決められない )

・短期記憶に難あり
( 何かに気を取られると0.5秒前の事すら忘れる )

・先延ばし癖
( 何でもかんでも面倒臭い )

・感覚過敏
( 大きな音が苦手、聞きたい音や声を選り分けられない )

・その他
( 洋服のコーディネートが苦手、実感して納得するまで時間がかかる事がある)

・鬱(二次障害)
( 「変」と言われ続けたり、いじめられたり、失敗経験が多かったり )
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つまり「多動」よりも「奇行」が目立つ変わり者で、子供時代は苛められ、社会に出てからは仕事が出来ず迷惑を掛け(しかも居眠り多い)、家庭では家事も超下手くそ。
でも、頭の中では高速サーチエンジンが稼動して脳内の様々な物事を集めてくるので、通常では思い付かない考えが浮かぶ。これは楽しくて好き。
ADHDと診断され、中枢神経刺激剤・SSRIを軸とした投薬を始めて約7年(2008年1月現在)。

自分に合った薬種・薬量も分かってきて鬱は収束しつつありますが、代わりにPMSと「怒り」の感情を持て余すようになってきました。
そんな最中2005年にダンナを亡くし、鬱を悪化させ、心身の衰弱からひきつけ発作を起こしたり。
ともあれ、近くに住む友人達に支えられながら(感謝!!!)、第二の人生に足を踏み出しました。
さらに、低用量ピルによりPMSによるトラブルはほとんど無くなり、鬱も不眠も回復傾向にあります。

ADHDであることは悩みの種ではありますが、反面楽しいところもあり、要は「いかに自分を知って上手くやっていくか」という事だと思っています。

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以上5つのサイトについて一部抜粋しながらご紹介してきました。
ADHD をあまりご存知ないという方にも、大体の感じはおわかりいただけたのではないか、と思います。

ただ、これはあくまで「大体の感じ」であることをお断わりしておきます。
ADHD の症状は、100人いれば100通りあると言われています。
また、
「学習に遅れがある」「学業優秀である」
「活発すぎる」「いつもぼんやりしている」
「約束にルーズである」「約束に異常にうるさい」
「暗記が苦手である」「暗記は非常に得意である」
「話をするのが苦手である」「話が非常に面白い」
など正反対の現われ方をすることもしばしばあるそうです。
いずれにせよ最大の共通項は、「普通の範囲を逸脱している」ということになる、と俵田 治 さんは言います。

一部の現象だけを取り上げて、「ADHD である」あるいは「ADHD ではない」と決め付けることは、様々な意味で危険なことだ、

ということになるのでしょう。

俵田 治 さんって誰?
そうでしたね。^^;
ご紹介が遅れて失礼しました。

それでは、
横浜国立大学教員養成学部出身 で、
学校法人滋慶学園 講師
日医総研OSC コンサルタント
という肩書きを持つ 俵田 治さんのサイトをご一緒に見学しながら、VOL.4 にひとまず区切りをつけたいと思います。

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◇◇◇ 6.『 Tawarada Private School 』  ◇◇◇

このホームページは、非常に詳しく専門的見地から書かれているのが特徴かな、という気がします。
それでいて決して難しくはなく、とても親切にわかりやすく書かれています。
素人の分際でこのようなことを言うのはおこがましいかもしれませんが、ADHD について詳しくお知りになりたい方には、うってつけのサイトとではないかと思います。

サイト名をクリックして表紙をご覧になればおわかりになると思いますが、目次が整然と並んでおり、知りたい内容に容易に辿り着くことができます。

このサイトのもうひとつの特徴は「実際性」と言えるでしょう。
たとえば、
「AD/HD児童・生徒の両親のための日常の心得」
といったようなページがあります。
(以下、このページのコピーです)
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『AD/HD児童・生徒の両親のための日常の心得』

(ヴァージニア医科大学の御協力によるテキスト)

前向きに考える

あなたのお子さんの良いところを3つ書き出してみましょう。
それを、目立つところに貼ってください。
そこが誉めるべきところです。常に意識して下さい。
厄介な行動を、違う方向に導く(制止するのではなく)

AD/HDのお子さんは、非常に行動的(エネルギーにあふれている)かつ衝動的(自発性が強い)で注意力の持続時間が短い(やりたい事が多すぎて)というのが特徴です。
自由に遊べる安全な場所を用意する

あなたのお子さんがきちんとやれる以上の事を、期待してはいけません

必要以上の刺激から遠ざけましょう

もしお子さんが自制できないならば、きちんとした集まりへの出席や買い物、外食等は控えましょう。
日常生活を規則正しくさせる

食事、洗面、雑用、就寝等をあなたが出来る限り規則正しく行わせましょう。
良いところを、つねに探す

誉め言葉の数を、叱る言葉の少なくとも2倍、教育的効果を出すためには、4倍以上言うようにしましょう。
あなたが好きなところを、お子さんにつねに伝えましょう。
何をして欲しいのか、明確に伝える事

「走らないで!」と叱る代わりに、「歩いてちょうだい」と言う事です。
学校・家庭の双方において、規則正しい生活習慣を守らせる手助けになるもの、
シール、バッジ等を用いて、出来た事に褒美を与えましょう。

躾について   この項「こぎつね」さん訳

過ぎたるは及ばざるが如し―たくさんの規則を教えようとせず、2つ3つのハッキリした約束事を決めて、つねに守らせるよう心がけましょう。
すばやく対応する―説得したり、叱ったりするのは少なめに。
体罰以外の罰を使いましょう―小児にはテレビ等の時間制限、児童には大切なものを没収する、などが有効です。
注意力の持続時間を伸ばしてやる

落ちついた行動をしたときには、誉めましょう。ガッツポーズとか抱きしめるとかでも有効です。
一度に持たせるおもちゃの数を減らします、しかし、頻繁に変えるようにしましょう。
お子さんの受け持ちの先生と、日常的に、連絡を取り合う

ルール作りに矛盾が出ないように、共同作業で行きましょう。
お子さんの為に、遠慮なく意見を言いましょう。
先生、他の家族、お子さんの友人達にAD/HDについて教えてあげてください。
リフレッシュする―AD/HDの子供を持つことは、ハードワーク

自分自身の楽しみを見つけ、気晴らしをしましょう。
きつくなったら、一休みしましょう。
-----------------------------------------------------------

俵田さんは
「ADHD・Q&A 専用掲示板」
もサイト内に設置して、多忙な中を縫って懇切丁寧な回答を寄せておられます。
掲示板ではありますが、回答できるのは俵田さんご本人だけです。
ひとつの例を全文ご紹介してみます。
この他にも、専門的でありながら優しさに溢れた、そして適確な回答が数多く掲載されています。
------------------------------------------------------
【質問】

中1の息子がいます。
小3のときに過剰不安があってADHD症候群と診断されましたが、大きな問題なくここまで着ました。

中学に入っていろいろなトラブルが発生し、今不登校になってます。
1つは子供のちょっかいを出す性格を許せない同級生からのいじめ、他にも授業が面白くない、いつも注意を受けながら1日座っているのが苦痛、そんなところだろうと思います。

学校側の対応は、いじめる側への指導など考えてくれて入るのですが、本人(うちの子が)が受け付けません。
いろいろなトラブルを見ながら、まだ子供にADHDであることをカミングアウトしていないのでそこからつまずいてしまって、先に進めない状況です。

診断された先生は、薬物対応のケースではないと、言われます。
環境療法を考えても、たまたま非常に問題の多い荒れた中学でのこと、難しい面も多いです。
カミングアウトしないですむのならそのほうが本人のためではないかとも、思っています。つかみようのない相談ですが、ご意見お願いします。
--------------------------------------------
【回答】

お答えします。

まず、療法に関してですが、中枢神経刺激剤は「易衝動性」「暴力傾向」「極度の多動」「著しい注意欠損」等の場合に著功を現します。このような悩みが少ない場合には、逆に副作用が出ることもあるでしょうから、認知行動療法や感覚統合療法の方が向いていると思われます。この方向でお考えになると良いのではないでしょうか。

次にお子さんに告知するかという点ですが、これは、メリット・デメリットのバランスの問題です。やはり、本格的に「療法」ということになりますと、何の告知も無しには行えないし、また効果も違ってきますので、告知した方が良いでしょう。それ以前の周囲の対応程度でやり過ごせるのなら、いわゆる「天然キャラ」という方向で大丈夫です。

最後に告知する場合のタイミングですが、自己肯定性が低下している状態では告知してはいけません。これは、セルフエスティームをさらに下げてしまうからです。周囲が、「それでも良い」「君が大事だ」「頑張らなくとも大丈夫」という態度で、自己に対する不安を和らげた状態で告知すると、「自分の悩みの原因がわかった」という反応になります。

大事なのは、なるべく、お子さんを肯定してあげること、無理に頑張らせないこと、社会に対する適応を強制しないことです。将来的には、良い環境を作ったうえで告知して、本格的な療法に進まれた方が良いと思います。
------------------------------------------------------

このサイトは、「専門性」「実際性」という点で、これからも引き続
き参考にさせていただきたいサイトのひとつです。
「診断を受けるか迷っている場合には」
という記事に対して、
「取り組みへのファーストステップ」
というHow To が用意されているなど、とてもきめの細かい内容になっています。

******************************


VOL.4はここまでです。
今後も、色々な角度から ADHD について勉強していきたいと思います。
・ADHD の二次障害
・ADHD の社会適応
・外国と日本の対応(一般人・行政)の違い
などが課題として浮かんでいます。
その他にも色々と出てくるかもしれません。

最終的には、時間はかかりそうですが、
・ADHD はなぜ障害と呼ばれるのか
という点について、思うことを述べてみたいと考えています。
posted by hakobulu at 20:33| Comment(10) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月27日

VOL.5 ADHD の二次障害

VOL.4 では、ADHD な日常がどういったものかを見てきました。
生活の中で、どうしても「注意力・衝動性・多動性(の全てあるいはその一部)を自分でコントロールできない」場面が出てきて、それが悩みとなっていることがわかります。
これが ADHD の言ってみれば障害ということになるのでしょう。

しかし、よく考えてみると、それだけではないことがわかります。
副次的というか二次的な障害が発生している場合が非常に多い、ということです。
ADHD そのものよりも、社会を生きていく上で生じる様々な軋轢。

この社会的軋轢が、新たな(二次的な)障害を人為的に作り出してしまっているのではないか。

ということを思ったりするのですが、どうなんでしょう・・。

「この社会に生きていて、軋轢の生じない人間関係などあるはずがない。
私たちは、それを努力で乗り越えていくことによって、少しでも良い社会にしていこうとしているのではないだろうか。
できないからという理由でその努力が免除されるのなら、秩序も保たれないし、何事も成し遂げられないではないか。」
非 ADHD な方々からは、こういった声も聞かれるかもしれませんね。

そう言いたい気持ちはわかります。
ただ、前にも少し触れましたが、本質(事実)を正しく認識することが必要でしょう。
この認識がないまま自分の価値観を一方的に押し付けようとすることは、どんな場合であっても不毛な結果よりもたらさない。
ということに気づく必要があります。

ADHD な方たちは、努力したくないわけではありません。

「努力してもできないことが、いくつかある」

ということなのです。
または、
そういった努力をすることが

「(ADHDでない人には)想像もつかないほど疲れる」

ということなのです。

ところで、根本的な問題として考えた場合、果たしてこれを「障害」と呼んでよいのでしょうか?
自分自身に引き換えて考えた場合、努力すれば何でもできるものでしょうか?
それが障害と呼ばれないのは、たまたまそれが今の社会では重要視されていないものだから、というだけの理由によってではないでしょうか?
自分がとても疲れていることを理解してもらえないとき、どのような気持ちになるでしょうか。

つまり、私たちは多数の論理をあまりに安易に、そして強引に、つまり理不尽に他者に押し付ける傾向があるのではないでしょうか?
むろん、集団生活をする上で必要なこともあるでしょう。
しかし、少数者というだけで彼らを異質と捉え、しかも、障害という名を冠することを正当化することができるのでしょうか。
それほどこの世における多数は、絶対的な正義なのでしょうか?
そうでないことは現在のあらゆる社会情勢が如実に示しているというのに、我々はまだそのことに気づけないのでしょうか?

ADHD な方に対しての無理な要求は、
足の遅い人に「もっと速く走りなさい」
音痴の人に「どうして上手に歌えないの?」
というのと同じことだと思っていいのかもしれません。
たしかに、練習で足が速くなったり、歌が上手になったりすることも多少はあるかもしれません。
しかし、走るということに関する運動神経や、歌うことに関する耳やのどの神経が、元々そういう仕様になっている場合はどうすることもできないでしょう。

歌といえば、フィリピンでは近年カラオケブーム?らしいです。
そして、日本でも似たようなことがあったと思いますが、歌のうまい下手で殺人事件にまで発展することもあるようです。
afpBBNews という国際ニュースサイトの配信ですが、記事にアクセスできなくなることも想定されるので内容を掲載しておきたいと思います。
○→-------------------------------------------

◎音痴が原因でカラオケ殺人、フィリピン◎

2007年05月31日 22:12 発信地:マニラ/アンギラ
【5月30日 AFP】フィリピンの首都マニラ(Manira)東部サンマテオ(San Mateo)地区のカラオケバーで29日、歌唱中の男性が「歌が下手だ」と苦情を言った男に銃で撃たれて死亡した。地元警察が31日、発表した。

 殺害されたのは無職の男性、Romy Baligula氏(29)。29日晩、同市のカラオケバーで歌を歌っていたところ、警備員のRobilito Ortega容疑者(43)が音程が外れていると怒鳴りつけた。Baligula氏がそれを無視し歌をやめなかったため、Ortega容疑者は拳銃を取り出し、Baligula氏の胸部を撃った。Baligula氏は即死だったという。Orgeta容疑者は事件の直後、非番の警察官に取り押さえられた。

 フィリピンのカラオケバーでは殺人や暴力事件が珍しくないという。

 マニラのカラオケバーでは、フランク・シナトラ(Frank Sinatra )のヒット曲「マイ・ウェイ(My Way)」は、音程が外れていることが原因で争いや殺人が起こったため、選曲リストから除外されているという。
-------------------------------------------→●
このように、「〜ができない」という理由で他者に(言葉の)銃を向けていることがないか、時折自省してみるのも満更意味の無いことではないと思われます。

「ちゃんと確かめて、もっと注意深くなりなさい」(注意性)
「きちんと片付けなさい。掃除しなさい。」
「計画を立てて、衝動的な行動をしないように」(衝動性)
「動き回らないで、もっと静かにしていなさい」(多動性)

こういった要求は、いくら頑張ってもできない方にとっては非常に理不尽で辛いものとしてしか受け止められないでしょう。
誤解していただきたくないのですが、そのような要求自体が間違っているということではありません。
実際、相手が ADHD な方とわかっている場合は殆んどないでしょうし、また、そういった要求が必要なこともあるでしょう。

さらに、できないことができるようになることは変革であり獲得でもありますから、それ自体が悪いということでないのは当然です。
しかし、本来はそれを要求するのではなく、あくまで自主性が尊重されるべき。
自主的にやらない、できないにはそれなりの理由が必ずあるはずです。
また、根本的には、果たしてそれが本当に要求するに足る事柄なのか、という問題も出てくるでしょう。
いずれにせよ、「できるのにやらない」とか「わざとやっている(あるいは、やらない)」というような、

「人格に対する疑いの感覚」で接することが不本意な二次障害を引き起こす

ということだと思います。
おそらく、言葉つき、顔つき、あるいは目つきなどでそれらは表現されることでしょう。
そのことによって ADHD な方は、本来不要な、

自尊心の低下
対人恐怖を始めとする不安障害
うつ症状


などを呈することになる場合もあるのでしょう。

しかし、これは、相手がADHD な方である場合に限られることでしょうか。
人間であれば誰しもに、そして、どんな場合にも当てはまることではないでしょうか。
自分自身がどうしてもできない事を「やりなさい」と強制された時のことを想像してみると、このことが大きなストレスとなることは十分に予測できます。
このストレスが二次障害の起因であったとしても何の不思議もないでしょう。
二次障害とは、言ってみれば『人為的な被害』と捉えられて然るべきものでしょう。

「できない」という理由で(言葉の)銃で撃たれる被害。

ある人は、撃ち返そうとするでしょう。
別の人は、撃たれた自分が悪いと思いこむ。
どちらも本来は全く不要の感情であり、感覚だったはずです。
そして、これらがまた新たな軋轢を生むことになります。
ADHD であるかないかに拘らず、多くの家庭で、学校で、職場で、国で、同様の構図が発生し、あるいはくすぶり続けているに違いありません。

本来は無用であるはずの、この軋轢を回避する術を私たちは持っていないのでしょうか。
いや、そうではなく、他者に対する想像力が多少欠けている、ということなのでしょう。
相容れない部分を持つそれぞれが、その部分だけに関してお互いに自己の価値観を主張し合います。
共通する部分、お互いに相容れることが可能であった(ある)部分はたくさんあるのに、そのことはすっかり忘れ去られてしまう。
不毛な軋轢を避けるためには、少しの想像力と、いくばくかの知恵が必要になるのかもしれません。

これは ADHD であるか否かに拘らず求められる姿勢だろうと思われます。
協調していこうとする誠意がどちらにもなければ、本質的な解決からは遠のく一方になるでしょう。

ところで、他者に対する想像力が欠けるには、それなりの理由もあるはずです。
ひとつにはキャパシティの問題。
もうひとつは、自らが獲得してきた視点への固執であるように思います。
前にも書きましたが、ある人にとっての理不尽さが他の人の正しさであったりするのは、そういうことなのでしょう。
この点については心理的側面も踏まえてさらに項を変えて考えてみたいと思います。
-------------------------------------------------------
今後の予定メモ
・診断
・治療
・外国と日本
・なぜ障害と呼ばれるのか
etc
について調べていきたい。
posted by hakobulu at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月28日

VOL.6 ADHD の診断

ADHD の特徴である、「注意力不足・衝動性・多動性」などは、非 ADHD の人でも大いに見られる現象であることは、すでにお気づきのことと思います。
実際、「程度の激しくない ADHD な方」と「活発な非 ADHD な方」とを見分けることは、専門家であっても非常に難しいことだと聞きます。

通常、注意力不足・衝動性・多動性に関する問題があったとしても、下記の要件を満たしていなければADHD とは診断されないようです。
これらの問題が、

1.幼時(7歳以前)から、
2.途切れることなく常に継続されており、
3.そのために社会生活上、甚だしい困難を生じている


ことです。
ただ、子供というのは(特に男の子は)多動ですし、注意力も散漫になりがちです。
また、何を以って「甚だしい困難」と解釈するのか、という問題もあるはずです。
ADHD のように見えてそうでない場合もしばしばある、ということになります。

逆の場合もあるでしょう。
たとえば、多動の要素のない ADD であるのかもしれません。
動きすぎるだけではなく、逆に大人しすぎることも考慮する必要があるわけです。
こうしたことで、幼時の時点で判断したり、決め付けることもなかなか難しいものがあるようです。

下記は、俵田氏のホームページ Tawarada Private School に掲載されている診断基準です。
今回の VOL.6 では、同氏のこのサイトからの引用、抜粋を中心に記していきます。

○→-------------------------------------------

【 ICD-10 (WHOによる国際疾病分類の第10版)におけるAD/HD診断基準 】

1.不注意

不注意を示す以下のような症状が6つ以上あり、それが6ヶ月以上持続し、小児の発達レベルにそぐわない不適応が認められる。

●細かいことに集中できず、学業や仕事、その他の活動において不注意による誤りが目立つ。
●課題や遊びにおいて、注意を持続することができない。
●話しかけられても聞いていないように見えることが多い。
●反発しているとか、理解できないということではないにもかかわらず、指示に従うことが出来ず、
宿題や用事(大人の場合は与えられた仕事)をやり遂げられない。
●課題や活動を順序だてて行うことが出来ない。
●家事など、根気のいる仕事を避ける。
●特定の課題や活動に必要なもの(教材、鉛筆、本、おもちゃ、道具など)をよくなくす。
●他からの刺激で簡単に注意がそがれる。
●日常の活動において、様々なことを忘れる。

2.多動性

多動性を示す以下のような症状が3つ以上あり、それが6ヶ月以上持続し、小児の発達レベルにそぐわない不適応が認められる。

●手足を落ち着きなく動かしたり、椅子に座っているときにもじもじする。
●教室内で席を離れたり、座っていなければならないような状況で席を立つ。
●おとなしくしていなければならないところで走り回ったり、高いところに登ろうとする。
(青年や成人の場合は、落ち着きがないように感じられるだけでもあてはまる)
●遊んでいるときに必要以上に騒ぐ、あるいは静かに余暇活動につくことができない。
●どこでも激しく動き回り、社会的な状況や要請によっても実質的に変わらない。

3.衝動性

衝動性を示す以下のような症状が1つ以上あり、それが6ヶ月以上持続し、小児の発達レベルにそぐわない不適応が認められる。

●質問が終わる前に、出し抜けに答えてしまう。
●行列に並んだり、集団行動やゲームで順番を待つことができない。
●人の邪魔をしたり、介入したりする傾向がある(人の話やゲームに割り込む等)。
●社会的な状況と関係なく、やたらにおしゃべりをしてしまう。

-------------------------------------------→●
こう見てくると、特に幼児・児童の場合は当てはまらないほうが不思議じゃないのかな、という印象すら受けますね。
仮に当てはまったとしても、この基準だけによって ADHD の診断が行なわれるわけではありません。
また、これはあくまで専門家が使用する診断基準のひとつです。

素人が行なうと、基準内容を過剰に神経質に解釈したり、逆に極端に大雑把に解釈したり、それぞれの性格によるばらつきが出てくるため正確な診断にはならないのかもしれません。
ですが、私も自己診断してみました。
相当客観的に診断できたと思います。

1.不注意
9項目のうち7項目が該当しました。
6項目以上という基準を満たしています。
該当しなかったのは以下の2つ。
●課題や遊びにおいて、注意を持続することができない。
●課題や活動を順序だてて行うことが出来ない。


2.多動性
ここでは、5項目のうち以下の2つが該当した。
3つ以上という基準には至っていません。
●教室内で席を離れたり、座っていなければならないような状況で席を立つ。
●遊んでいるときに必要以上に騒ぐ、あるいは静かに余暇活動につくことができない。

3.衝動性
ここでは4項目のうち次の2つが該当。
1つ以上という基準を満たしています。
●質問が終わる前に、出し抜けに答えてしまう。
●人の邪魔をしたり、介入したりする傾向がある(人の話やゲームに割り込む等)。

「小児の発達レベルにそぐわない不適応」があったかどうかは不明だが、この判断基準においては、ADHD ではないかと推測するだけの材料は揃っていたように思う。

多動性項目は該当しないようだが、小学校入学してすぐにクラス中の子の頭をこづいて回ったそうだ。
また、授業中の私語も多いほうだったように思う。
高校に入っても、じっと座って授業を聞くのが本当に辛かった。
どうして自分は子供なのか、早く勉強の不要な大人になりたい、というのが当時の切なる願望であった。
この一点だけで本当に大人が羨ましかった。

この高校時代は、今思えば様々な苦悩が一気に押し寄せてきた時期であったかもしれない。
むろん、この時期の誰しもがそうだろうと思う。
「>甚だしい困難」があったと言えるかどうかは自信がない。
しかし、世間一般から見れば些細なことだったのかもしれないが、少なくとも私自身のキャパシティを超える何かが存在していた、ことは確かだった。

ADHD であるかどうかの判断は素人にはたぶん無理と思う。
ただ、不注意と衝動性によって生き辛さを感じた(感じる)ことは案外多いと言える。
とんでもないことを忘れたり、間違うこともよくあった(ある)。
ADHD という公的?診断をされないまま社会生活を送っている人も多数いるのだろう。
あるいは、そう診断されなかったとしても限りなくADHD に近い分類に入る人は多数いるはず、と思われる。
そして、生きづらかったり、軋轢を生じたりしているのかもしれない。

ADHD の自己診断サイトも数多く見かける。
私がやると大体 あなたは ADHD の可能性がある、と判定される。
ただ、「>甚だしい困難」と思えば思えそうなことがないわけでもないが、私はそれをそうであるとは認めていないだけだ。
いずれにしても、客観的にみて幸せか不幸か(そんなものがあるとしてだが)は別にして、自分なりに納得している、ということだけは確かである。

因みに今の段階で、世界の現状は悲観的に見ている。
ただし、世界がそうであるからといって、自分自身に対してまで悲観的である必要があるとは思っていない。
また、世界の現状が悲観的であるからといって、世界の未来までもが悲観的と思うことはない。

意思によって世界は(いずれ)変革できると思うし、空間的、あるいは時系列的にも意思の連鎖は存在するだろう。
元々大した人間であるはずもないのだから、一歩一歩地面に足を着けて歩いていくしかない。
他者からどう思われるかなどということもあまり気にしないほうだ。
正確に言うと、気にすること自体が馬鹿げていると考えているので、気にはなるが気にしないようにしている。


この俵田氏のサイトには、他に DSM-W ( アメリカ精神医学会が発行している「精神障害の診断と統計マニュアル」第4版)による診断基準も掲載されています。
また、ADD に関しても、
「成人のADD診断基準 」というコンテンツが用意されています。

いずれにせよ、自己診断は非常に危険というか無理ということが言えそうです。
実際に診断を受けたいと思った場合のために、俵田氏の Tawarada Private School のサイトでは、次のような受診施設一覧が用意されています。
精神保健センター一覧
発達障害支援センター一覧

同氏は以下のような注釈も併記しています。
『まず、診断という行為は、法律上、医師しか行うことは出来ません。ですから、当然、医療機関に診断を受けに行くことになります。診療科目としては、児童生徒の場合は基本的に小児科ですが、思春期外来や児童精神科等も設けて対応している医療機関もあります。成人の場合は、精神科・神経科で対応している医療機関がほとんどです。

ただ、症状の問題としては甲状腺の機能障害でも同じような状態になりますので、成人の場合は、内科でその点を検査してもらってから、精神科・神経科に行くのが良いでしょう。 』

******************************


俵田氏は、児童・生徒さんの場合、ADHD の見分け方をどうやるのか、についても述べています。
某医科大学のLDセンターの問診表を参考にし、同氏が経験をもとに加筆訂正したもの、ということです。
見分け方のポイント(保護者用)と、
見分け方のポイント(指導者用)
の2つがあります。

内容を拝見すると、このぐらいは誰にでもありそうな・・・と感じる項目も多いのですが、どの程度で【甚だしい】と判断するのか、ということによっても違ってくるのでしょう。
学校へ出かけて日常を観察するとか、本人への問診、なども含まれるようです。
脳波検査ということをする場合もあるらしいのですが、私の拙い検索範囲では、それによって ADHD が特定(確定)できるという情報は見当たりません。

受診という段階に進むことになった場合のために、
取り組みへのファーストステップ
が用意されています。
診断を受けるか迷っている場合には
というコンテンツもあります。

次は、治療というか、社会的な対処の実際について少し調べてみたいと思っています。
 
posted by hakobulu at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

VOL.7 ADHD 薬物療法etc.

ADHD の治療には薬物療法と非薬物療法があります。
まず薬物療法に関して。
昨今マスコミを賑わしたているリタリン(メチルフェニデート)という薬の名前はお聞きになったことがある方も多いと思います。
俵田氏のサイト Twarada Private School の 目次・大項目「ADHD全般」の中に「ADHDの薬物療法」というコンテンツがあります。

ここには「飲み合わせに注意しなければならない薬」の解説が載っています。
一部を抜粋してみると、たとえば、すでにADHD 治療薬としては現在ほとんど使用できなくなってているリタリン。
また、ルボックス・パキシルなどに関して次のように記されています。
---------------------------------------------------------

一般名(商品名)
 塩酸メチルフェニデート(リタリン)

主作用
脳の神経に興奮的に作用

副作用
口の渇き、食欲不振、便秘、不眠、頭痛、神経過敏、眠気、動悸、不整脈、血圧変動、興奮、幻覚、妄想、発汗、ふるえ、尿がでにくい、性欲減退、チック、体重減少、長期連用で効き目が悪くなる。

注意する飲み合わせ
昇圧剤(エピネフリン、ドプスなど)、MAO阻害薬(エフピー錠)、ワルファリン(ワーファリン)、抗てんかん薬(フェノバール、アレビアチン、ヒダントールなど)、三環系抗うつ薬(トリプタノールなど)

メーカー名
チバガイギー=ノバルティス


一般名(商品名)
マレイン酸フルボキサミン(ルボックス・デプロメール)

主作用
選択的セロトニン再取込阻害薬

副作用
吐き気、食欲不振、口の渇き、便秘、下痢、眠気、めまい、頭痛、だるい、ふるえ、性機能異常、性欲低下、尿が出にくい、動悸、目がまぶしい、発疹、発赤、かゆみ

注意する飲み合わせ
モノアミン酸化酵素阻害剤(エフピー錠)、チオリダジン(メレリル)、炭酸リチウム(リーマス)、コハク酸スマトリプタン、安定剤(フェノチアジン系、ベンゾジアゼピン系)、三環系抗うつ剤、β遮断剤、テオフィリン、フェニトイン、シクロスポリン、ワルファリンなど

メーカー名
ソルベイ・明治製菓


一般名(商品名)
塩酸パロキセチン(パキシル)

主作用
選択的セロトニン再取込阻害薬

副作用
吐き気、食欲不振、口の渇き、便秘、下痢、眠気、めまい、頭痛、だるい、ふるえ、性機能異常、性欲低下、発汗、尿が出にくい、動悸、目がまぶしい、発疹、発赤、かゆみ

注意する飲み合わせ
モノアミン酸化酵素阻害剤(エフピー錠)、チオリダジン(メレリル)、L-トリプトファンを含有する製剤(アミノ酸製剤、経腸成分栄養)アミノ酸製剤,経腸成分栄養剤、炭酸リチウム(リーマス)、コハク酸スマトリプタン、安定剤(フェノチアジン系)、三環系抗うつ剤、抗不整脈剤、β遮断剤、フェニトイン、フェノバルビタール、ワルファリン、ジゴキシンなど

メーカー名
グラクソスミスクライン
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同頁で、俵田氏が薬物療法に関して、特に注意すべきと強調している箇所の抜粋です。
・自己診断で複数の薬を入手するための複数受診は絶対に止めてください。
・「飲み合わせ」に注意
・副作用の強い薬も多いので〜、ドクターの指示を厳守
・サプリメントの濫用・乱用は絶対に止めてください
・漢方薬だから安心ということは絶対にありません
・医師の指導のもと、医療用の薬品を用いるのがベスト
----------------------------------------------------------
同氏紹介の『じゃじゃまるトンネル迷路』というサイトでは、各種論文を紹介しています。
「注意欠陥/多動性障害(ADHD)の治療(総説)」では、薬物に関してさらに詳しく知ることができます。
>メチルフェニデートやデキストロアンフェタミンの効果についてはよく検討されており,安全で有効な治療薬である
>ペモリンも有効ではあるが,重症の肝機能障害を起こす可能性がある.
>デシプラミンやクロニジンでは突然死例が報告されており,使うべきでない
などという記述も見える。

その他 ADHD 関連として俵田氏が抽出してくださっている論文は以下のとおり。
注意欠陥/多動性障害(ADHD, AD/HD)についての総説
多動性・衝動性の加齢による改善
ADHDのQTLアプローチ(ドーパミン受容体)
無脳梁マウスとADHD
AD/HDの脳所見(SPECT):ドーパミントランスポーター密度
線状体ドーパミントランスポーターとADHD
------------------------------------------------------
日本においてリタリンの使用は去年10月以来、ナルコレプシーにのみ限定されているらしい。
それまでも ADHD に対しては保険適用外であったらしいから、二次障害としてのうつ症状に対して処方されていたということになるだろうか。

しかし、その当時の話にしても、うつ症状に対してリタリンを処方するのは日本だけだったようだ。
実際、1995年には軽症のうつに対しては使用できなくなり、さらに1998年には重症のうつに対しても症状を悪化させるとして禁止されている。
そして去年の中止に至った。
どうも日本の薬事行政は腰が据わっていない印象を受ける。

ところで、日本における ADHD に関しての本質問題は、リタリンが ADHD に効果があるということを認めず、うつ症状以外では保険適用を許可してこなかった、ということにあるのではないだろうか。
実際、アメリカをはじめとする諸外国では ADHD 用の処方薬として通用している。

外国がOKなら何でもOKというつもりはないけれど、リタリンに関しては、外国で禁止されているうつへの処方を認めてADHD には認めて(保険適用して)こなかった。
これは諸外国と正反対の措置だった。
去年、うつへの処方だけを外国並みに禁止にした。
というのがどうもしっくり来ない。
ま、私みたいな素人がなに言っても始まらないんだろうが。
少なくとも、ADHD にきちんと対応できる、しかも安全面や価格面でも納得できるような薬を提示するぐらいの義務は最低限あるんじゃないかという気がする。

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リタリンの処方がどのようにして狭められていったかという過程は、
『 赤城高原ホスピタル』というサイトの「 リタリン乱用 」 というコンテンツに詳しい。
このサイトは、どちらかといえばリタリンの保険適用除外に賛成の立場のように思われる。

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リタリン復活を切望する方々は多いようです。
『カリノ トウコ 』というブログでは、
【 リタリン復活を厚生労働省に訴える電子署名 】なるものまで準備しています。
興味ある方はご一読になると良いでしょう。

署名の目的は下記のとおり。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以下のことを厚生労働省に求めます。

・ノバルティスファーマのチバ・リタリンのADHD(AD/HD, 発達障害の一種である注意欠陥・多動性障害)への適応

・リタリンの後継薬ヤンセンファーマのコンサータの早期発売と成人ADHD患者への適応

・リタリンとはまったく違うSNRI型のADHD薬である、イーライリリー社のストラテラの早期承認と、成人への適応
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
趣旨説明は、
http://homepage3.nifty.com/kuroiwa/signature.html
のページにありますが、その全文を以下に記してみます。
◎趣旨説明

1. リタリンについて

2007年9月、リタリンの乱用が社会問題になりました。それを受けて、10月リタリンの使用が厳格にナルコレプシーにのみ限定されるとの報道がなされました。また医療用麻薬(モルヒネなど)なみの厳格な管理が要求され、処方できる医師は全国で数百人のナルコレプシー専門医に限定されるとのことです。

ところが、リタリンは諸外国ではADHD治療薬(根治薬ではなくて、多動、集中力不足などの症状を抑える)として承認されていますが、日本では、ナルコレプシー・うつのみが適応症とされ、ADHD患者には精神科医・小児科医が、医師の処方権に基づき処方してきました。

リタリンはADHD患者の7割に効果があるといわれています。

うつ病、神経症患者がリタリンを乱用した場合依存性が高いですが、ADHD患者では脳の特性のせいか依存性がほとんどない、乱用の危険性がないといわれています。

リタリンがADHDに処方されなくなることによって、仕事や家事など生活面で支障がでる患者が多数でます。小児の患者の場合、学校でじっと座っていられないなどの症状が出ます。大人の場合、仕事や家事に集中できないなどの症状が出ます。

リタリンは厳格な診断・処方管理をすれば、ナルコレプシー患者同様、ADHD者にとっても有益で害の少ないクスリなのです。

また、リタリンの後継薬であるコンサータは、新薬なので薬価が高いことが予想されます。(リタリンは1錠11.20円)

またリタリンはクスリを割って飲むこともできますし、粉末も発売されています。子供に飲ませるには便利な剤型です。後継薬のコンサータは、クスリの製法・剤型上、割ってのませることが困難なので、小さな子供に飲ませることが難しいのです。

2. コンサータについて

コンサータはリタリンと同じ成分(塩酸メチルフェニデート)製剤ですが、成分が徐々に放出されて12時間効果が持続するクスリです。(徐放剤。鼻炎薬のコンタック600のようなもの)。

10月3日に承認への手続きがほぼ終了し、2月に発売する見込みと報道されました。ただし適応は小児(中学生程度まで)のみです。成人のADHD患者は多くいますが、医療現場からはなぜか無視されています。専門医も少ないのです。

リタリンに較べて危険性がすくないといわれるコンサータの適応を、成人のADHD(注意欠陥・多動性障害)者に広げるよう、厚労省、ヤンセンファーマに求めます。

3.ストラテラについて

さらにストラテラの早期承認を求めます。これもADHDのクスリですが、成分が塩酸メチルフェニデートではなく、乱用の危険性がありません。このクスリの早期の承認と、小児のみへの適応として申請されていますが、成人ADHD者への処方を可能にするよう、厚労省、製薬メーカーに求めます。

---------------------------------------------------

SPECTと呼ばれる、単光子放射型コンピュータ断層撮影法で、ADDの脳を検査し、ADDは医学的な問題であることの認知を促進させた、ダニエル・G・エイメン という博士がいます。
『「わかっているのにできない」脳1』という著書が有名らしい。
彼は ADHD を6タイプにわけ、それぞれ、以下のように概括的な治療法を述べているようです。

【タイプ1 標準型 】
一次的症状(注意力の散漫や支離滅裂な行動)に加え、多動性、情動不安、衝動性がみられる。早期に発見されることが多く、興奮剤(リタリン)による治療が最善。高タンパク質食品による食事療法も効果がある。

【タイプ2 注意散漫型】
一次的症状に加え、身体的・情緒的活力に乏しい。大人になってから初めて診断される。男性より女性に多く、「怠け者」や「変人」のレッテルを張られることが少なくない。治療には、興奮剤(リタリン)と高タンパクの食事が効果的だ。

【タイプ3 過剰集中型】
一次的症状に加え、認識能力が硬直的で、関心の対象が1つに集中してしまう。思考・行動ともに消極的で、不安や恨みをかかえ理屈っぽい。近親者に依存症や強迫的傾向のある人がいる場合も少なくない。 このタイプの患者に興奮剤だけを処方すると、自分のかかえる問題しか考えられなくなる。そのため、抗鬱剤と興奮剤、高炭水化物食品による食事療法を組み合わせた治療を行う。

【タイプ4 側頭葉型】
一次的症状に加え、短気、周期的な不安、記憶障害や読字障害などの症状がある。頭部外傷の経歴のほか、近親者に学習障害や情緒障害の傾向があるケースもみられる。 興奮剤だけの処方では、かえってイライラが増す。抗けいれん剤や高タンパク食を組み合わせた治療が効果的。

【タイプ5 大脳縁辺系型】
一次的症状に加え、軽い憂鬱、活力の低下、低い自尊心、イライラ、孤立、食欲減退、睡眠障害が見られる。興奮剤だけでは、情緒不安やイライラを助長してしまう。クリニックでは抗鬱剤とともに、エアロビクスとバランスのよい食事を勧めている。

【タイプ6 「炎の輪」型】
一次的症状に加え、極端な情緒不安定、かんしゃく、柔軟性の欠如、短絡的思考、過度のおしゃべりがみられる。音と光に敏感に反応する。患者の脳の画像には、過剰な活動を示すリングが見られる。 興奮剤は症状を悪化させるだけだ。私が担当する患者には、抗けいれん剤にプロザックなどの抗鬱剤や向精神薬を組み合わせて処方している。エアロビクスも効果的だ。

------------------------------------------------------------
以下は薬物療法ということではありませんが・・・。

「食事療法」
については色々ありすぎて良くわからない、というのが感想。
やはり、食事のバランスをよくするということになるような気もしますが、ひとつ妙に印象に残っているのは、
ADHD の方にとって重要なのは、

砂糖を摂りすぎない

ということだ、と主張しているサイトがあったことです。

その理由について次のように述べています。
『 砂糖は代謝を行うために体内のビタミンやミネラルを使い果たしてしまうのです。この状態こそが、ADHDの方がイライラしたり破壊的になったりしやすい原因なのです。』

------------------------------------------------------------

「サプリメント」
に関しては、絶対的に有効なサプリメントというものは存在しないと考えてよいのでしょう。
色々な方々それぞれに、合うサプリメントというものはあるのかもしれません。
ここでは、心理カウンセラー  竹内成彦氏のサプリメントに関する忠告の一部を抜粋してご紹介するに留めておきたいと思います。

『ひどいのは、一部のメーカーです。
例えば、メーカーは、栄養ドリンクにもスタミナドリンクにも、こぞってカフェインを入れています。何故かと言うと、カフェインは、飲むと一時的に脳を覚醒させる働きがあるので、飲んだ人は元気になったと勘違いするのです。
これでは、消費者を騙していると訝しがられても仕方がありません。

その他、合成で作ったビタミンやミネラルを平気で入れていたり(天然でないと、ビタミンは体内で仕事をしてくれないのです)、おおよそ体温とは程遠い高温で熱処理していたり(高温で熱処理すると、大切な酵素が死んでしまうのです)、食品添加物・防腐剤・合成着色料・香料・大豆抽出物・とうもろこし・塩・砂糖といった、栄養補助に関係のない成分を大量に入れていたり(何故そのような物を入れているかと言うと、それらを入れたほうが、匂いも形も味も良くなるし、長持ちするからです)、錠剤を固めるために、ぞうねん剤や乳化剤を入れていたりします。

このように、粗悪品に至っては、7割〜8割が体に不必要なものであるという事もあります。これでは、高いお金を出して、健康になるために飲んでいるのか、不健康になるために飲んでいるのかわからなくなってしまいます。』

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非薬物療法に関しては、次に項を改めて書いてみたいと思います。
posted by hakobulu at 16:58| Comment(2) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

VOL.8 ADHD 非薬物療法

非薬物治療に関しても、俵田氏のサイト Twarada Private School を中心に勉強していきたいと思います。
このサイトは、俵田氏の ADHD に対する情熱がひしひしと伝わってくるだけでなく、非常に緻密で懐の深い内容になっていると改めて実感しています。

まず、スタートページにある目次大項目「ADHD全般」の中から、
「 AD/HDの非薬物療法 」
というコンテンツを見てみましょう。

このページにおいて、同氏は非薬物療法として、
・コーチング
・行動療法
・認知行動療法
・ファクシリテイティッド・プログラム
・精神分析療法(カウンセリング等他の洞察療法含む)
・感覚統合療法
などを挙げています。
以下、俵田氏の論述等を抜粋しながら、どういうものなのか教えてもらうことにします。

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【コーチング】(抜粋)
コーチングというのは、「自分で出来ない」人に対して、「ある程度の強制力」をもって、「状態の改善を指導する」ということです。AD/HDには、そういう「ある程度の外部からの強制力」が不可欠であるというのが、長年、発達障害児教育を実践してきた僕の経験からの意見です。

具体的にいえば、「片付けられない」という代表的な問題がある場合に、「衛生上の問題点を指摘する」「片付け方をを示す」「便利なグッズを紹介する」のでは、ほとんど意味がないと考えます。では、どうするかといえば、「片付けてしまい」「きれいな状態を出現させ」「散らかさない方法を示し」「実践できるように、定期的にチェックする」ということです。

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【行動療法】(抜粋)
良い行動には報償、悪い行動には罰を与え、良い行動を選択するように導く方法。

行動療法の種類に関しては、
『 Mental Gym 』というサイトで次のように述べられています。

『こうした行動療法の種類としては、
あえて患者を刺激に曝すことによって徐々に慣らしていく曝露療法などの条件付け理論によるもの、
改善された行動に対する報酬を与える報酬学習や問題行動を引き起こす刺激を調整する刺激統制法などの道具的条件付けの理論によるもの、
刺激に対する認知の仕方を再構成する認知再構成法などの認知的学習理論によるもの、
改善された行動を治療者がモデルになって示すモデリング療法などの社会学習理論によるもの等があり、
個々の症状に合わせた適応が行われます。』

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【認知行動療法 】(抜粋)
行動療法の持つ自己コントロールというテーマを縮約している。「認知」の仕方を変えることにより(認知療法)、それに続く「行動」をより良い方向に導くという(行動療法)、欧米では広く実践されている療法。各種依存症(薬物・恋愛等)やパニック障害の治療に効果を上げている。

この療法をさらに詳しく解説している次のようなページがヒットした。
認知行動療法(1999年執筆)

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【感覚統合療法】
に関しては、
「旭川荘療育センター療育園」の 「若松 かやの」先生による
おかあさんのための感覚統合療法 
というページもご紹介しておきたいと思います。
感覚統合療法とはなにか、という基本的な内容について述べられている部分を抜粋しておきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(1)『脳の上位中枢はそれ以下の下位の部分に依存する』

 脳の上位中枢を表の右端だと考えてください。そしてそれをピラミッドのようにつまれたブロックの一番上だと考えると,ピラミッドをきちんと支えるためにはブロックがきちんとつまれていなければなりません。下のブロックがぐらぐらしているといつ倒れるかわからないのです。

 つまり,感覚統合療法では,たとえば文字が書けないからといって文字の練習をするのではなく(それは教育として学校でやればいいのだから,学校の先生にお任せしています。),それができない原因をさぐって,そこを治療するわけです。

(2)『子どもは自分の神経系が成長することをよろこぶようにできている』

 誰も教えたりしないのに,子どもはいつのまにかどんぐり返しをやったり,砂遊びをしたり,ブランコに乗ったり,一人でぐるぐる回ったりします。そして,それは世界中どこの子もやっているし,大体同じ年齢でやっています。それらの遊びが自分を成長させていることを,子どもが知っているからなのだそうです。
 逆にかえせば,子どもがよろこばないことはまだ準備ができていないからだということになります。

 感覚統合療法は,この2つの理論を基に,子どもに必要な遊具と場所を提供していくものだと私は考えています。そこで,私は何をするのか?私はそのお手伝いです。

 感覚統合療法では,決まったプログラムは普通は作りません。なぜなら子どもがその日やりたいことを重視したいからです。もちろん目標はあります。しかし,それを無理にやらせるようなことはめったにありません。そのため,ただ遊んでいるだけではないか,保育園でもできるし,公園でもできるではないか,と言われることもあります。

 しかし,治療者と子どもの1対1(慣れると増えてくる)でやることに意味があるのです。この冊子で繰り返し書いてきたように,彼らはプライドが高かったり,怖がったりと集団の中では自由に遊べない子ども達がほとんどです。子ども達がもっている内的な欲求*を大切にして,彼らが自ら動いてゆくように援助していきます。人にやってもらうのではなく,子ども自身がやろうとする気持ちを引き出してゆくのが,感覚統合療法の第一歩です。

内的な欲求*
前述したように,子どもは自分の神経系を成長させることが何であるかを本能的に知っています。たとえ現在はそれが怖いものであっても「やりたい」という気持ちは必ずあります。それが「内的欲求」です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この療法は俵田氏も非常に注目されているとのことです。

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以上は、主に治療者という存在を前提にしていることになります。
私が以前から関心を持っている精神分析も、療法として挙げられているのは興味深いことでした。
また、同じくここに挙げられている認知行動療法にも興味を持っていました。
認知行動療法は、過去の抑圧というような精神分析的解釈はせず、あくまで現在の自分というものに対して働きかけようとする手法と言って良いでしょう。

一見すると正反対に思えるこれら二つの手法ですが、
これら二つの手法によって人生諸般の問題を解釈し、そこから各々の最適な解決に至る道を開くことが可能なのではないか、というのが私の基本的なスタンスです。
つまり、精神分析は無意識に対する、認知行動療法は意識(認識)に対する、それぞれ新たな視点の設定ではないか、と考えられるからです。
この手法の場合、ある程度の論理性と、改善に対する意志が必要とされる、という点で、最も自立的な手法と呼べるような気もしています。

神経症の場合に関して言えば、論理性と自立への意志が強いほど治療がスムースに行なわれる、ということは定説と考えられているようです。
その意味で、これら二つの療法は ADHD な方だけに限らず、非ADHD な方に対しても有効な手法だと思います。
いずれにしても、『 イラショナルビリーフ(不合理な思い込み)からの解放 』ということが鍵になるのではないか、と個人的には考えています。

次の項では、ADHD な方ご本人は、
この ADHD というものをどのように捉えていけば良いのか、
という点について、やはり、軸として俵田氏のお考えをご紹介しつつ、記事にしていきたいと思います。
 
posted by hakobulu at 19:36| Comment(2) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

VOL.9 ADHD 本人の対処

今回は、ADHD な方ご本人にとって、ADHD というものをどのように捉え、どのように対処していけばよいのか、ということについて。
最初は、例によって、俵田氏のサイト Twarada Private School を覗いてみたいと思います。

◇-----------------------------------------------◇

まず最初に、
「自己像の再構築」
というコンテンツに論述されている、ADHD な方への俵田氏からのメッセージを一部ご紹介してみましょう。

○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

◎一番重要なのは

「現状の貴方の脳内の状態は、貴方の責任ではない」

ということです。
障害に関する完璧なリカバリーが存在しない以上、努力にも限度があります。
ですから、ご自分を責める必要は全くありません。
無用の反省をする必要はありません。
自己像を構築しなおすというのは、

長所・短所をきちんと評価しなおすということ

です。

人間には「〜でなくてはならない」「〜が出来るのが当たり前」などということはありません。

◎貴方には素晴らしい点が多くあります。長年、AD/HD児を指導してきた僕にはわかります。

◎様々な人間的魅力に富んでいるのがAD/HD児です。貴方も、そういう特質を持っているのです。

貴方は、素敵な人間です。

貴方に出来ない事、それは、実は、「どうでも良い事」です。


そんなこと出来なくても、生きていくのには差し支え有りません。「常識」よりも「良識」を心掛けてください。
周りの基準ではなく、自分の基準で判断をしてください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜→●

その上で同氏は、自分の特性をよく把握しておき、対人的な摩擦を少しでも減らせるよう積極的に留意すべきだとも述べています。
内容を一部抜粋してみます。

○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

最大の共通項といえば、「普通の範囲を逸脱している」ということです。
イメージとしては、非AD/HDの振る舞いや感情の変化が、道路の中を大小の差はあれゆるやかに蛇行運転しながら進んでいくのに比して、道路外に飛び出しながら(歩道のあたりに出てしまうわけですね)また反対側へとジャンプしながらジグザグに進んでいくような感じです。『〜』に対して、『∧∨』といった感じですね。

まず、AD/HDであるとわかった場合には、自分の振る舞いや感情がそういう変化をするのだということを理解しなければなりません。
「穏やかさ」という言葉とは縁がなく、「激しさ」そのものだと思ってください。
一見、他人からは穏やかに見える場合でも、それは外見が「ボーっとしている」だけで、内面は激しく変化しているはずです。

次に、AD/HDの人間は非常にナイーブで、傷つきやすいということが言えます。
人に嫌われることは大変なショックとなります。その傷つきやすさは、やはり非AD/HDから見ると「道路の外」です。
AD/HDであれば、周りの人間に対し「なんで、そんな残酷なことが言えるの?」「なんて酷い言い草!」と思ったことが何度もあるはずです。
ところが、その時、周りの人は聞き流しているようで、「あんたら、なんてニブイ!」と思ったことも再々あるはずです。

逆に、AD/HDは「ノッテイル」ときは周りに全く頓着しません。
自分の極端な行動が、周りを激しく傷つけていることなど、思いつきもしません。
そして、満足して行動を終えたとき、周りが自分を変な目で見ていることに気付く人は気付きます(全く気付かない人もいます)。
「ノッテイル」最中のAD/HDから見れば、「どうでも良い」ことなのですが、周りから見れば「やり過ぎ」な事が多くあります。

AD/HDと非AD/HDの間のコミュニケーション障害は、主としてこういうところから生じます。
お互いに相手を「過敏」「やり過ぎ」と思っているわけです。
ただ、客観的に見れば上に書いたように、AD/HDが極端から極端へ移動しているわけです。

AD/HDであると診断された方は、まず、ご自分のこういう特性を充分把握してください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜→●

続けて同氏は、
『これ以外の非AD/HDから見た「気に障る点」』
を下記のように列挙し、上に挙げたような内容と共に、
『まず、こういう点を出さないようにしていく社会的技術に対する訓練が必要です。』
と述べています。

○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

○虚言癖(反射的に出る)
○口応えする(反射的にする)
○人の話を疑う(反射的に出る)
○揚げ足取りが得意(反射的に出る)
○すぐ他人の所為にする(反射的にする)
○確認が大嫌い(仕事が任せられない)
○何にでもムラがありすぎる(仕事がまかせられない)
○好き嫌いが激しい(人でも食べ物でも)
○知りたがり(プライバシーという概念を理解できない)
○うるさい(話だけでなく独り言も多いし雑音も多い)
○言うことがコロコロ変わる(自分では一貫しているつもり)
○肝心なことは忘れるが、嫌な事は覚えている(用事は任せられず、悪口や失敗は覚えている)

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長く現場を担当してこられた方ならではのキメ細かな留意点となっています。
一方、ごく日常的に、身近な風景であるような気もします。
程度の差こそあれ、こういった傾向は誰しもが持っているはずのものでしょう。
ADHD の方にとっては、さらに非 ADHD な方との溝を深めてしまうため、よく注意しなければいけない点であることはわかりますが、
私としては、あくまで、誰しもが注意すべき人間関係上の留意点として捉えたいと思います。
ADHD な方だからといって全項目が当てはまるというわけではないでしょうし、私自身にも耳の痛いことが多数含まれています。^^;

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「対外用イメージを構築する」
というコンテンツからほぼ全文をご紹介しておきます。

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まず前提となるのは、AD/HD者は、障害が邪魔しているので、自分がどんな人間として生きていくかを自己決定しづらいということです。しかし、「どんな人間に見えるか」はある程度コントロールできます。
コミュニケーションスキルとして、この自己の対外用イメージを構築することから始めましょう。


まず、何をすれば良いかというと、自己像の再構築の項でも説明しましたが、

反射的に出てしまう「嫌われる要素」を出にくくする

ということです。それにはどうするかといえば、「反射には反射で対抗する」ということです。

言ってみれば「意識と意思と行動の間にずれがある」のがAD/HDです。嫌われたくないのに、刺激の強いほうを反射的に選択してしまうため、しばしばトラブルを招き、自己嫌悪に陥ります。
そこで、意識(内心)と意思(衝動)と行動(反射)の間にワンクッション置くために、わざと「癖」をつけます。

喋ったり行動したりする前に、

「目をつぶる」「いったん遠くを見る」「両手を合わせて指を組む」等の、
すぐには行動に移りづらいような動作をするように習慣づける


のです。そのときに、おまじないのように「嫌われたら損」と念じるようにします。

この習慣づけが上手くいくと、

他人から嫌われるということが激減

します。


次に、生活システムの項目で書いたように、貴方には非AD/HD者のパートナーが必要です。管理してくれる他人が必要なのです。
AD/HD者が一番してはいけないことが「独り暮らし」です。
親・兄弟・親戚・遠縁・配偶者・恋人・親友等、誰でも良いですから、自分を外から見てくれ、同時に自分を愛してくれるパートナーを探してください。

そして、そのパートナーに外見のチェックをしてもらうことです。AD/HD者は、しばしば、とんでもない格好をしていることがあります。また、自分で自分の服装を決めるのが苦手である場合も多いようです。グッドセンスである必要はありませんから、
見ておかしくないかどうかをチェックしてもらいます。


次に、シンボルを操作することです。
わかりやすく言うと、
「貴方を象徴するもの」をわかりやすく提示することです。
もっとくだけて言えば、貴方が得意なもの・好きなもの・それについて語れるもの等々と関連したものをいつも持って歩くということです。

周りの人は、貴方とその何かを密接に関連付けて考えるので、貴方についてのイメージを固定することが出来ます。
そうすると「ああ、〜が好きな人ね」「〜に詳しい人だ」等々、貴方を理解したような気になってくれます。
プラスのイメージを持って理解した気になってくれれば、マイナスがあってもカバーしてくれます。


最後に、リーダーシップに恵まれた人以外は「仕切り癖」「指示癖」「提案癖」を出さないことです。
これこそ、AD/HD者が善意と思ってやっているのに、その意思に反して嫌われる最大の点です。
十中八九、周りの人は、貴方にイニシアティブをとる能力があるとは認めていません。
逆に、「自分の責任もろくに果たさないのに、すぐ人に命令したがる嫌な奴」と思っています。

冷静になって考えてみてください。
もし、貴方が自分で思っているように、素晴らしいひらめきがあり、てきぱきと指示を出せるような人間なら、黙っていても周りが貴方をリーダーとして選んでいるはずです。
貴方が、現在、そういうポジションにいないのでしたら、貴方にはその能力がないのです。


以上は、最低限のメソッドです。
これらを守っていれば、貴方らしさというものは、個性が強いAD/HD者であるあなたですから、勝手に出てくるものです。
「他人からどう見えるか」をある程度コントロールできるようになれば、普段の生活においては、ずいぶんと楽になるはずです。

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「生活システムを構築する」
では、日常生活での工夫について述べられています。

●スペースの使い方を変える
(1.物を買わない 2.物を捨てる 3.物の置き場所を明確にしておく)

●他人に任せられることは他人にしてもらう

●行動をパターン化する
など。
これらは誰にとっても有益で、実行してみれば快適さが増すような気がします。
タイトルクリックで詳細が見れます。

成人のADD診断基準
という資料も掲載されています。
20項目のうち15項目において慢性的な不都合が生じている場合 ADD の可能性もある、となっていますけれども、
相当数の人が該当してしまうような印象も受けますね。
それだけ、専門家による診断が大事ということにもなるでしょうし、
同時に、 ADD と診断されなくても似たような不便さや悩みを抱えている方は大勢いるということなのでしょう。
このページに明記されている診断基準は以下のとおりですが、15項目ほどであれば当てはまる方は案外多いのではないでしょうか。
ADD とは 多動性が少ない不注意優勢型 ADHD のことです。

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A 次のうち少なくとも15項目において、慢性的な障害をみる。

1.未達成感、目標に届いていないという感覚がある(実績の大小にかかわらず)
2.組織的行動・計画が困難である
3.慢性的な先延ばし・優柔不断的傾向・仕事に取りかかるのが困難である
4.いくつもの行動を同時におこない、やり終えることができない
5.タイミングや妥当性を考えず、思いついたことを言ってしまう傾向がある
6.常に強い刺激を追い求める(いつも魅力的なもの・新奇なものを探している)
7.刺激がない状態におかれると我慢できない
8.注意力散漫、集中しにくい、読書や会話中に他の事を考えてしまう、時に過集中である
9.創造的・直感に優れている・高い知性を示すことがよくある
10.すでに決められている手順や「正しいとされる」手順に従うのが苦手である
11.我慢強くない・欲求を抑えにくい
12.言うことも行動も衝動的である、衝動買い・計画変更・新規構想・職を転々とする等々
13.際限なく余分な心配をし不安の種を完璧に予測しようとするが、実際の危険は無視する傾向がある
14.漠然とした不安感がある
15.気分が変わりやすい、特に他人やプロジェクトに魅力を感じない場合には
16.落ち着かない(そわそわしている・じっと座っていられない・歩調をあわせられない)
17.刺激的なことに溺れ易い
18.自分を肯定しようとする気持ちが少ない
19.不正確な自己認識(他者への影響力を測れない、大抵、力が無い・影響力が小さいと感じている)
20.ADD、躁鬱、鬱、薬物中毒(アル中も含む)又は衝動や気分が抑制困難の家族歴がある

B 幼少期にADDだった(正式な診断はなくとも、成育歴に徴候や症状があるはず)

C 他の医学的あるいは精神医学的状態では説明のつかない状態にある

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俵田氏は「障害」という言葉は、現在の公的くくりがそうなっているために止む無く使用している言葉であって、自分の本意ではない、というようなことを述べています。
実際ここに挙げられたような項目にしても、これらの要素の全く存在しない人を探すほうが難しいような気もしてきます。
このあたりのことについては後日、言及してみたいと思っています。

ところで、15項目以上当てはまったからといって即座に ADD と診断できるわけではありません。
それらの要素のために、生活する上で圧倒的な不都合を招来している場合に限られます。
また、これは専門家による診断が最低限必要なものです。

以前にも触れましたが、ADHD ( ADD ) の診断基準を良くご覧になれば、決して彼らが特殊な人々ではない、ということが改めてよくわかります。
ADHD という障害など存在しない、と言っている専門家さえいるぐらいなのです。
私たち誰しもが持っている要素を、ある面において過剰に、あるいは過少に表現してしまうような人たち、というだけに過ぎません。
それは、決して、

本人の責任ではないし、本人のわがままから出てくるものではない

ということを周囲の人々は良く理解する必要があるでしょう。
それは、彼らの一個性なのです。
非常に簡単な理屈でして、
もし、あなたが、自分の責任でも、自分のわがままから出たものでもないことに対して非難の目を向けられたらどういう気持ちになるか、ということを少し想像してみるとわかりやすいでしょう。

常識的に見て他の人と異なる言動が出ることはあるかもしれません。
しかし、頻度の差こそあれ、それは非 ADHD 者であっても同じ事ではないでしょうか。
良識的に見て重大な点において不都合が生じることは、まずないはずです。
些細なことに目くじらを立てて、彼らの本質的な長所を見失うことはお互いのために不利益であるばかりか、本来無用の軋轢をわざわざ作り出すようなものでしょう。

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次は、以前にもご紹介した
とんとこの風景というホームページです。
「捨てたもんじゃない・・・この一年を振り返って。」
という記事から一部抜粋してみます。

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『今まで「自分は本当にこの世の中に必要なのか?」「生きてる意味はあるの?」「私なんて何の生産性のない、無駄にこの世の中のエネルギーを消費しているだけの存在じゃないの?」
とても自己評価の低い人間でした。
物心ついて四半世紀・・・ぱっと見には何の悩みもなく、朗らかで明るくパワーあふれる私(らしい。自分の評価ではなく、あくまでも他人様の評価だから。)・・・。でも、心の中では自分の生きている意味を見出せずに、その時、その時をただ生きてきただけの存在でした。』

『でも、そういった道を辿ってきたからこそ今の自分の存在があることも知っている。
今の自分の生活の中でも当然、「ああ・・・失敗した!!」と落ち込むこともある。
けれど、いろんな人と知り合ったことや、自分にできること・・・というのが少しずつ見えてきた今は
「捨てたもんじゃないやん。私の人生も・・・」と・・・心の中で斜に構えながら苦笑いを浮かべている、そんな自分がいることに気がつく。

それから、ある一時期までは自分のことしか見えず、自分が人のためにしている・・・と無意識にしていることの多くも結局、「自分かわいさ」「自分中心」でやっていたことに気がついた。
もちろん今でも「自分中心」で物事を考えることは当然ある。
でも、まったく気がつかなかったときに較べれば、「自己中心的な考え」がどれほど周りを傷つけることが多いのか・・・ということを知ると、本当の「やさしさ」を身に付けたくて、それを「知る」努力もできるようになってきた。』

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次も、同じく以前ご紹介した漫画家「あーさ」さんの、
『フロンティア★ADHD』
です。まず、
「非ADHDの人と上手く付き合うには?」というコンテンツの内容をご紹介してみましょう。
クリックして漫画と一緒にご覧になると一層わかりやすくなります。

非 ADHD の方は、ADHD な方に比べると大体が臆病というか慎重な性格である、といったようなことをアーサさんは述べています。
ですから、非 ADHD な方と上手く付き合うコツは、

安心させること!

と彼は主張します。
安心させるコツとして次の3点を挙げています。

1、相手(非 ADHDな方)の話をちゃんと聞いてあげること
2、衝動的に動かないこと
3、誠意を持って接すること。また、言い訳は禁物。

社会的人間関係全般において、誰しもが大いに参考にすべき内容ですね。

「あーさ」さんは、ADHD の長所を次のようにまとめてもいます。
○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・発想力
・創造力
・表現力
・気持ちの切り替えが早い
・関心の高いことに関しては、爆発的なエネルギーを持てる。
・好奇心が強い
・『今』を大切にする。
・常識に惑わされない。本質を重視する。
・腹黒くなれない。
・情熱的
・ユーモアセンス


ここからは、「あーさ」さん自身が思うADHDの長所だそうです。
・向上心がある人が多い。
・気安く否定される辛さを知っている。
・外観内面共に、実年齢より若々しい(人が多い気がする)
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この長所も、短所と同様に、ADHD な方誰しもが共通的に持っているわけではないのでしょう。
いずれにしても、他人の長所に目を向けるという習慣が、日本人には少ないように見えるのは残念なことです。

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このホームページでは、 ADHD の具体的改善策がいくつか紹介されています。
主に「あーさ」さんご自身の経験談でもあり、写真なども挿入されたとても見やすくてわかりやすいページです。
ここでは、ごくごく簡単な説明だけ記しておきます。

1、短期記憶が悪いのをどうにかしよう。
ここでは、たとえば、外出時の忘れ物については、
○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
玄関のドアノブに引っ掛ける!!
これで絶対に気づく!
嫌でも気づく!
あと、靴の上とかも気づきやすくてオススメ!
(あんまり重たいものは、靴が傷んで駄目だけど)
この『嫌でも気づく!』っていうのが、すごく重要なんですよね!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜→●
等のように非常に実践的。
「まとめ」として、
・ADHDは今を生きる人種。よって、先延ばしは絶対にしない。
・どうしても先延ばしせざるを得ない場合は、必ず後で思い出せるような状況を作っておく。
・常に、自分の注意力の散漫っぷりと、短期記憶力の無さを侮らない。
と語っています。

2、徹底したスケジュール管理
この項では、手帳を勧めています。
お仕事柄連絡事項も多いからなのでしょうが、この手帳かカレンダーを上手く使いこなしている方は多いようですね。
むろん、誰にとっても参考になることですが、使い方がキメ細かく大変面白く(と言っちゃ失礼になるのかな)読ませていただきました。

3、呼吸法でメンタル面を丈夫にしよう
では、ご自身ヨガをされるそうで、そちら方面の呼吸法らしいです。
腹式呼吸の実践法で、読みながら少し試してみましたが、なかなか気持ちよかったです。^^

4、成功例を脳に刷り込め
は、『成功した経験を、新たに脳に刷り込ませる』ということだそうです。
スポーツ選手などがよくやるらしい、イメージトレーニングみたいなものでしょうか。
ご自身が成功された方法だけに迫力ある解説になっています。

5、前向きになろう
という項目もあります。
「ポジティブエネルギーを、ポジティブな他者(或いは物)から分けてもらいましょう!!」
と言っていますね。

そして、なんと元気になれる呪文?まで教えてくれています。
その箇所を抜粋してみましょう。
○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
松下幸之助さん、江原啓之さん、斉藤一人さん、船井幸雄さん、
某栄養士の先生、某病院の先生etc…

上記の方々は
多くの方から喜ばれ、尊敬され、成功された人達です。
そんな方々の著書を読むと、
皆さん、おもしろいくらい一貫して同じ事を言っています。
読者に対して、「これで自分は成功したから、是非試して欲しい!」て
訴えてます。

それは何か!?

「ツイてる」

「ありがとう」

この二つの言葉を言いまくる

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜→●
以上です。
中には知らない人や、?と感じる方もおられますが、言ってることは、まじめな話、これは効果あるだろな、と私は思います。

脳神経は外部からの刺激に反応して様々な化学反応を起こし、それが心身に結果として現われるわけです。
こういったポジティブな言葉の刺戟が有効に作用しないほうがむしろ不思議、と考えるのが科学的と思われます。
大事なことは、「これら二つの言葉が発せられるのは、自分がどういう環境に置かれている時か」ということを、脳が経験上非常によく理解しているということなのでしょう。

それゆえに、この言葉を自身に言い聞かせることによって、その言ってみれば成功体験ともいうべき状況を脳内に再現できるのだと思います。
つまり、そのようにして脳をだまして、気持ちよく心身に作用する化学物質を脳神経から吐き出させる。
結果として、好ましい状況に心身ともに導かれる。
呼び水のような効果があるのかな、と感じたりしました。

6、気力と集中力を鍛える運動
も実践的で非常に興味深い内容です。
やはりヨガを取り入れたものらしいですが、やさしくできるようにカスタマイズされているみたいです。
試してみましたが、なんかリフレッシュできたような気がします。
気持ちいいので万人に有効な(しかも手軽にできる)運動なんでしょうね。
続けてみたいのですが、継続できるかは別・・・?^^;

7、朝、時間通りに起きよう
お昼前までだったら朝と呼んで差し支えないのかなあ、とあまり早起きとは言えない私などは、まず思ってしまいました。
目覚まし時計を複数使う、というのはわかるけど、最初のやつで目が覚めたら「準備しておいた飴を舐める」というのにはびっくり。
理由も解説してくれていますが納得できました。

◇-----------------------------------------------◇

みなさん、色々工夫されています。
なにより、なんとかしたい、という意志を実行に移しているところが妙に感動的です。
こういった「意志による実践」は無意識領域の神経にも有効的に作用しているのではないか、という気がします。
いわゆる二次障害は無意識の問題と私は思うので、このように色々な問題を解決しようとする姿勢こそが、その防止なり改善なりにつながっていくものと考えています。

今回は、成人の ADHD について、本人が何をどう考え、どう対処していくのがよいのか、ということについて調べてみました。
しかし、児童・生徒の場合は、本人の問題である以上に、親であったり教師であったり、周囲の大人の占める役割が非常に重要になってくるでしょう。
このことに関しても、お世話になりっぱなしのTwarada Private School には、キメ細かなコンテンツが用意されてます。
次回は、その内容のご紹介を主にしていくつもりです。





posted by hakobulu at 13:45| Comment(6) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

VOL.10 ADHD 児童・生徒との接し方

この項は、再々お世話になっている俵田氏のサイト
Tawarada Private School から、
「ADHD児療育関連」という大項目に関して、特に印象に残った箇所を抜粋します。
ほぼ完璧なコピペになると思います。

この『ADHD 児療育関連』という大項目に書かれていることは、ADHD 児童のみならず、全ての児童・生徒に適用できる大人の、いや、人間関係全般における心構え、と言っていいように感じます。

ADHD に限らず、児童・生徒に対するこれほど緻密で冷静な、しかも愛情溢れる論述が他にあるのか、私は知りません。

俵田氏には当初から事前にご連絡申し上げてあり、サイト内容を記事にすることに関しては快諾をいただいていることを、念のため申し添えておきます。
不明点などに関しては質問も受け付けていただける(これは私に対してだけではありません)旨の丁寧なご返事もいただいており、心強い限りです。


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まず、「AD/HD児との接し方」というコンテンツです。
保護者用と指導者用に分かれています。


一番大切なのはスキンシップ


僕は指導者として、学習指導から、家庭内の生活指導、親御さんのケアまで幅広く依頼され、数多くのADHD児と関わってきましたが、スキンシップ以上に有効な武器を今まで経験した事がありません。
スキンシップにより、人間は脳内麻薬が出るので、お子さんを落ち着かせる事ができます。
また、親御さん自身も、脳内麻薬の作用でお子さんと接する事が苦痛でなくなってきます。
まず、親子の間にゆるぎない信頼関係を作り、その上で、少しづつ、社会に適応させていけばいいのです。
次に、具体的な指針を上げていきます。

○叱っても良いが、その8倍は誉めること
→「誉めること」が何より大事です。
予期しない答え・反応をした場合でも、ユニークだと誉めましょう。
あなたが発想を転換すれば、誉める材料はいくらでもあることに気付くはずです。
理由:セルフエスティームを下げ、親子関係をこじれさせる第一原因が叱責の過多です。
AD/HD児は、侮辱・非難・被害についてはいつまでも覚えています。これを薄くするには、ひたすら誉めることが第一です。


○叱責する場合は、一貫した論旨を持つ
→当たり前の事ですが、感情的に叱責すると反発を買います。
さらに悪いのが、親の都合やその場の成り行きで、怒る場合と怒らない場合があることです。

理由:AD/HD児は「判断」が非常に苦手です。
ですから、「原則」を確立しなければなりません。
明確なラインがないと、いつまでも混乱が収まらないために、親子関係の悪化を招いてしまいます。


○できる限り、論理的に説明・説得する
→「止めなさい!」と怒鳴る前にも、一呼吸、深呼吸してから、穏やかに話してください。
感情的な叱責は、決して、してはいけません。
「なんで?」「どうして?」攻撃に遭っても、毅然として理由を説明してください。
その為にも、自然界のルール・危険行為・法律の3つについては、常に意識するようにしてください。

理由:AD/HD児は、大変、論理的な思考をします。普段混乱して見えるのは、周りの状況が混乱を助長しているからです。
論理的に話し合えば、必ず、説得できます。
また、頭ごなしに言わないことで、個人を尊重した事になりますから、セルフエスティームを高める上でも、効果があります。


○禁止すべき事柄を決める
「ルール作りのポイント」を参考にして、お子さんの安全を守るという観点を第一にして、禁止事項を設定しましょう。
これを破った場合は、直ちに対処して、躊躇を見せてはいけません。躊躇は、お子さんを混乱させてしまいます。

理由:「自然界のルールだから」「危険だから」「法律・条例で禁止されているから」これに従って禁止している場合は、胸を張って理由が説明できます。
また、表での迷惑行為は、大体、法律・条例で禁止されています。
法律・条令を遵守しない人間は犯罪者ですから、そのことをしっかり言って聞かせましょう。


○お子さんよりも、まず自分から
→きちんと食事を作っていない、家事ができない、整理が苦手という親御さんに多く出会いました。
遺伝という側面を考えても、多分、親御さんもAD/HDだったのだと思います。
万が一、思い当たる節がある場合にはまず、ご自分も診断を受け、場合によっては薬を服用し、お子さんの模範となってください。

理由:当たり前の話ですが、お子さんに「部屋を片づけろ」と言っておいて、家の中が散らかっていては話になりません。
「晩御飯がカップラーメン」などという状態では、療育も何もありません。自分が模範を示すのは、当然の事です。


○交友関係について把握しておく
→友達がいる場合は、こちらの自宅に招くのを原則とします。
先方にお邪魔する場合は、相手の親御さんと十分に話し合える状態を作ってからにしましょう。
小さい子供のうちなら、最初からこう決めてしまえば大丈夫です。
小学生・中学生になれば「自分の現状」について気付いていますから、「今までのようなトラブルを避けるため」と説明してください。

理由:とにかく、親が補助してでも、なるべく良好な友人関係を作り上げる事です。
親しい友人がいないというAD/HD児は、大変多いと思います。
このことが、本人の精神状態を著しく悪化させます。親以外の人間の愛は、大きな力となるものです。
環境を整えるという点では、「塾にやる」「家庭教師をつける」といったことより、「友達を見つけてやる」ことの方が何十倍も大事なのです。


○定額小遣い制にはしない
→これは「報償」の考え方にも引っかかってきますが、基本的には「お金は稼いでもらう」のが役に立ちます。
金銭管理がルーズなのも特徴ですから、ゴタゴタのもとは作らないのが一番です。
「必要なお金」を、理由を聞いてそのたびに渡すのが良いと思います。
自分で稼がせて自分で管理させる分は、「目標を達成した報償」として渡し、必ず小遣い帳をつけさせて管理してください。
ただし、使い道には口を出さないで下さい。

理由:法律上でも、子供の経済行為は保護者が管理するものです。
「皆はお小遣い」と言われたら、「まずは実績を見せて」と切り返します。
い途に関しては、大人だって煙草等の愚行に金銭を浪費していますので、口を出さないことです。
「子供と大人は違う」などということはありません。「愚行は愚行」です。


○登校下校のルートを把握する
→何か起きるとしたら、十中八九ここです。
一日のスケジュールをお子さんと一緒に確認し、時間管理を徹底してください。
立ち寄りがある場合には、必ず事前の許可制にすること。
できればPHSか携帯を所持させておくと良いでしょう。
PHS・携帯とも「今どこ機能」で居場所を把握できますし、また、警備会社に依頼して犯罪の防止にも使えます。
習い事は、親御さんが同行できないようなら行かせてはいけません。

理由:子供を危険から護るのが、まず、親としての生物学上の義務です。
また、衝動的加害者にもなりがちなのがAD/HD児の特徴でもあります。
これを怠たると、ある日、信じられないような事件に巻き込まれたり、事件を引き起こしたりして泣くはめになります。
「転ばぬ先の杖」が必要なのです。


○お子さんを詰問してはいけません
→どんな場合でも、激しく問い詰めるのは逆効果にしかなりません。
とにかく、穏やかに話してください。
「忘れた」「わからない」と言われたら、素直に受け入れてください。
その上で、どうするのが最善か考えます、事実関係に関しては、目撃者等の第三者を探して、話を聞いてください。

理由:AD/HDは短期記憶に問題があるケースが多いのです。
本当に「忘れている」「わからない」ということが多々あります。
ですから、詰問するとその場しのぎの嘘をつくことになります。
論理的なAD/HD児ですから、親御さんは、その嘘のリアルさに、つい騙されてしまったりするわけです。
後になって怒ると、本人はついた嘘のことも忘れていますから、さらにややこしいことになります。
最初から、詰問しなければ、嘘をつく必要が無いので、嘘が減ることとなります。

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一番大切なのは誉めること


最初に言っておきたいのは、AD/HD児に優しい学級経営は、全ての生徒に優しい学級経営であるということです。
AD/HD児のためにクラスを変えるのではなく、全ての生徒に優しくするためにクラスを変えてたら、AD/HD児にも対応できるようになったというのが理想です。

そこで、指導者にとって重要な「誉める」技術について。

実は、「いいところを探して誉める」というのは上手くいきません。
これは、「無理に誉めている」と感じられてしまうからです。
「誉めるより前に好きになること」というのが最大のコツであると言えます。
さらに、普段から「他人を誉める」訓練をつんでおくこと、というよりは、むしろ、「普段から他人を誉める人になる」ということです。

はっきり言えるのが、「誉めるのが下手な指導者には、AD/HD児は指導できない」ということです。
これは、大変重要ですので、しっかり覚えておいて頂きたいと思います。

さて、指導者の場合は、スキンシップに関しては難しいものがあります。
昨今、セクシャルハラスメントという言葉がありますし、また、思春期の少年少女は感受性が豊かですから、問題の引き金ともなりかねません。

しかし、やはり重要ですので、十分注意しながら接触してください。
こればかりは、個々の事例で違いが大きすぎるので、ガイドラインを書く事は僕にも不可能です。


方針:積極的に誉める
→たとえば、AD/HD児には、誘導的質問は通じない事が多いのです。
むしろ、全然予期せぬ答えをして、授業の流れを壊してしまう事の方が多いはずです。
しかし、だからといって敬遠しては話になりません。
そのユニークさを活用するのがプロというものです。

解説:セルフエスティーム(自己肯定的感情)が低いのがAD/HD児の特徴です。
しかし、自尊心は人一倍高いのです。ですから、批判されることを何より嫌いますし、他人を馬鹿扱いする言動も多いのです。
ここで、AD/HD児を誉めることによって、セルフエスティームも上がっていきますし、他人を誉める姿勢も出てきます。


方針:場合により違う対応をしない
→叱責する場合の論旨の一貫性は当然のこと、それ以外の生活指導等でも「この場合はこう」という指導の仕方は混乱を誘うだけです。
判断の基準は具体的であるべきですし、禁止行為についてもきちんと説明すべきです。
「規則だから」というのではなく、「何故、この規則が出来たのか」ということを説明するのが基本です。
つまり、「説明できない禁止・指導はしない」ことが大事です。

解説:AD/HD児は、大変理論的な頭脳と、非常に感情的な衝動を併せ持っています。
ですから「説明」という要素はキータームとなります。
AD/HD児の感情を激発させないような説明の仕方、話し方の習得も必須です。


方針:頭ごなしに指導する前に、じっくり状況を整理する
→「止めなさい!」と怒鳴る前に、一呼吸、深呼吸してから、穏やかに話してください。
感情的な叱責は、マイナスになることはあっても、プラスには働きません。
むしろ、指導をかえって困難にしてしまいます。
「なんで?」「どうして?」攻撃に遭っても、にこやかに説明してください。
その為にも、自然界のルール・危険行為・法律の3つについては、常に意識するようにしてください。

解説:AD/HD児は、大変、論理的な思考をします。普段混乱して見えるのは、周りの状況が混乱を助長しているからです。
論理的に話し合えば、必ず、説得できます。
また、頭ごなしに言わないことで、個人を尊重した事になりますから、セルフエスティームを高める上でも、効果があります。


方針:出来る事出来ない事を見分ける
→AD/HD児には「得意な事」「普通に出来る事」「出来るけど、やたらに時間がかかること」「非常に苦手な事」「出来ない事」が存在します。
これらの見分けが、指導上の重要なポイントとなります。

解説:AD/HD児には、「器質的障害」、つまり、構造的な脳の機能障害があるという説が一般的です。
これは、出来ない作業・困難な作業があるということですから、そこのところに注意して「出来る」「出来ない」を見分けてください。
「出来ない事をさせる」のは、肢体不自由児に運動しろというのと同じです。
例えば、板書の書き写しが遅い場合には、後で、写せるようにするとか、プリントを配布するとかします。
アメリカでは、ワープロ・計算機の使用を許可している例もあります。


方針:批判には冷静に対処する
→感情を逆撫でされても、一呼吸、深呼吸をして、大声で怒鳴ったり、手を上げたりしないようにしてください。
AD/HD児は、板書の間違い・プリントの誤字等の指摘が大好きです。
また、授業以外の面、例えば、喫煙行為は弱みでもあり、批判される点も多いので十分注意してください。

解説:AD/HD児は「刺激」を求めるという性向があります。
指導者が、大きく反応すればするほど、「やった!」という気持ちになりこそすれ「反省」という気持ちには結びつきません。
別に「間違いは誰にでもあるから」という対処で構わないわけです。冷静に訂正すれば終わりです。
生活面での悪癖等ある方は、やめたほうが良いでしょう。
愚行は愚行ですから。


方針:いじめには十分な注意を払う
→AD/HD児は「加害者」「被害者」の双方になりやすいのです。
基本的には、「人間が好き」なんですが「好き嫌いが激しい」ので、人間関係に困難を抱えています。
いじめの様態も、かなり複雑なケースを見てきています。日常の観察には、十分な注意が必要です。

解説:友人関係のコントロールが苦手な事も、AD/HD児の特徴です。
これは、「他人の気持ちが想像できない」ということが大きく関わっています。
また、「ウケルためには何でもする」ということが、しばしば、いじめにも事故にも繋がりやすいのです。逆に、「他人を簡単に信じてしまう」という相反する面も持っています。
これは、「物事を表面的にしか捉えられない」という理由からです。
ですから、事情が、しばしば、複雑になりがちです。


方針:連絡帳の活用等、忘れ物防止に努める
→「お知らせ」のプリントや連絡帳を活用して、忘れ物防止を図ってください。
その際には、親御さんと連携して、必ず、帰宅したら連絡用のものを確認するという取り決めを作って置いてください。
口頭での支持は、無効だと思った方が良いでしょう。

解説:短期記憶に問題がありますから、どんな指示も必ず書面にしてください。
さらに、連絡帳やプリントがあること自体忘れますから、必ず、父兄と連携してください。
また、選択的記憶性と言いたいぐらいに、記憶力に「ムラ」があります。
好きなことには驚異的記憶力を発揮しますが、普通の用事は記憶できませんので、分けて考えて下さい。


方針:校内の死角・登下校のルートを把握する
→前述したように「加害者」「被害者」どちらにもなりやすいのがAD/HD児です。
問題化する前に、「機会」を無くすようにすれば、大変、管理しやすくなります。
場合によっては、携帯電話やPHSの携行を許可してください。
防犯ブザーも活用できます。
また、事故の予防の観点からも、特に、校内の死角には注意を払ってください。

解説:アメリカの統計でも、AD/HD児は犯罪にかかわりやすいということが表れています。
生活の大半を過ごすのは学校ですし、そこでの犯罪防止は、現在の日本では必須のことと思います。
また、「調子に乗りやすい」という特徴もありますから、「事故」も起こしやすいと言えます。
校内の死角で事故が起こった場合、一人遊びが好きなAD/HD児ですと、発見の遅れから大変な事になる場合も考えられます。十分な注意が必要です。


方針:AD/HD児は詰問しないようにする
→どんな場合でも、激しく問い詰めるのは逆効果にしかなりません。
とにかく、穏やかに話してください。「忘れた」「わからない」と言われたら、素直に受け入れてください。
その上で、どうするのが最善か考えます、事実関係に関しては、目撃者等の第三者を探して、話を聞いてください。
指導という観点からは事実の把握は大事ですが、本人からは聞き出せないということを前提に、指導を進めてください。

解説:AD/HDは短期記憶に問題があるケースが多いのです。
本当に「忘れている」「わからない」ということが多々あります。
さらに詰問すると、面倒くさい事を嫌うので、手っ取り早く現状から逃げ出そうと、その場しのぎの嘘をつくことになります。
論理的なAD/HD児ですから、その嘘のリアルさに、その場では騙されてしまったりするわけです。
後になって怒ると、本人はついた嘘のことも忘れていますから、さらにややこしいことになります。

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『ルール作り』
というコンテンツでは、ルールを作るための「大原則」を次のように述べておられます。
同氏の哲学の一端が垣間見られます。

○→〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

大原則

●「理由を聞かれて答えられるか」

AD/HDの児童・生徒は「理屈」をこねるのが得意です。
しかし、これを「小理屈」「屁理屈」「小うるさい」と言って、無視したり、怒ったりしてしまう事自体、実は、保護・指導する側の「怠慢」です。

「常識」「当たり前」「決まり事」等々の文句で語られるものたちは、実は、「思考停止」の産物であり、「常識よりも良識」というのが、保護者・指導者のとるべき態度であるということです。

普通の日本人は新興宗教に関して、微妙な「胡散臭さ」を持っていると思いますが、それは信者の「思考停止状態」に違和感があるからです。
しかし、自分達の「社会常識」「できて当たり前」というようなことに関しては、実は「思考停止」の状態である事に気付いていません。

よく、現代社会を批判して、「戦前の日本は・・・」「明治時代の人は・・・」といった論調を耳にしますが、これは、単に、「自分の人格の一部を社会に預けていた」つまり、「思考停止」の状態にあったので「きちんとしている」ように見えていただけです。
社会的に、「親には従うもの」「先生は偉い」といったようなコンセンサスが確立しており、それを利用して社会生活をおくっていただけなのです。

AD/HDの療育に当たってのルール作りは、そのようなコンセンサスが消えうせ、価値観の相対化も行き渡ってしまった現代の日本において、いまだに根強く残っている思考停止状態に支配され、「躾が悪い」「指導ができていない」「こんな子供は隔離しておけ」という人たちからの攻撃から我が子・教え子を護り、社会の財産として花開かせるためになされるのです。
その為に、まず、自分自身が思考停止状態から脱却しましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜→●

また、なぜルール作りが必要か、という点に関して、

1.自然界のルールである
2.危険であり、自己に不利益である。
3.法律・条令で禁止されている。


の3点を挙げています。
また、その際の下記のような原則に留意すべきと述べています。
コンテンツ名クリックで詳細が確認できます。

原則1
●保護者・指導者という立場に自信を持つ

原則2
●「禁止行為」は最小限にする

原則3
●「被害防止」「加害防止」に十分な配慮をする

原則4
●ルールの数自体も必要最小限にする

原則5
●ルールを破った場合の罰、守れた場合の報償は速やかに与える。

その他、
「日常生活の心得」
「子育ての工夫」
などのコンテンツも参考になるでしょう。


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児童・生徒の生活の大半は家庭以外では学校でしょう。
学校側の協力が是非とも必要になってくるはずです。

「学校と交渉するには 」
というコンテンツで同氏は、
交渉の基本は文書、とおっしゃっています。
また、ADHD と診断されていない状態で交渉の必要を感じられた場合、少なくとも児童相談所のカウンセラーさんには会っておくほう良いとも述べています。
その際の依頼文書の書き方、校長宛の文書の書き方なども含めてきめ細かく論述されています。
以下に全文を掲載します。

『学校と交渉するには』


最初にご承知置きいただきたいのは、学校の先生方は一般社会よりはるかに厳しく管理されているということです。
一端、校内に入れば外出するにも許可が必要です。
普通の会社などより、ずっと厳しい規則の中で暮らしているのです。
さらに、授業展開に関しても、授業計画を提出し承認をもらわねばならず、その自由度は、高いとは言えないのです。


そういう中で、多くの先生方は自分の教え子の為にベストを尽くそうと考えておられます。
勿論、一般社会がそうであるように、中には、こちらの期待に沿えない先生もいます。
しかし、条理を尽くして交渉すれば、必ず、学校の中に、わかっていただける先生がいらっしゃいます。


また、学校といえど、上の機関、たとえば教育委員会や文部科学省の指導には従わなければなりませんし、出来る事には限りがあります。
世界は「予算」というもので動いているのです。
お子さんの為に出来る事は、出来る限りよい環境を整えることです。
その為にも、「予算の確保」には、常に気を配らなければなりません。
具体的に言えば、しっかりした資料を添えて、交渉は、「上へ上へ」と上げて行けということです。

交渉においては、闇雲に感情に任せて訴えるのではなく、以上のようなことを考慮の上、先生方に味方になってもらうという姿勢を忘れない事です。


1、交渉の基本は文書です

交渉は、全て文書ベースで行ってください。
これは、児童相談所等にご相談なさる際も同様です。
「電話で済ます」というのは、まず交渉の不調という結果にしかなりません。
面倒くさがらずに、しっかりとした文書を作りましょう。
きちんとした文書を示されれば、担任の先生も、上の先生方も、きちんと対応してくださるものです。

具体的な文面に関しては、場面場面で違いますので、おわかりにならない方は、ここの Q&A掲示板 に書くか、メールでご相談ください。
具体的な文例を示すか、お送りいただいた文面を添削させていただきます。



【 児童相談所等への第一回相談文例 】


前略、お忙しい所をご面倒様ですがうちの(続柄)(児童・生徒の名前)(年齢・学年)についてご相談申し上げます。

幼い頃より、(以下、簡単な経過を記述する)という状態でしたが、今回、(以下、現在、もっとも悩んでいる症状・行動を記す)という事態に立ち至り、これ以上、家庭内で、どのように対応していけば良いのか考えあぐねております。

そこで、そちらでカウンセラー様等にご面接いただけるようでしたら、どのような手続きをとればよろしいのかお教えください。
また、(児童・生徒の名前)につきまして、行動から判断すると、注意欠陥多動性障害ではないかと疑っておりますが、何らかの医学的検査をしていただける適当な診断機関をご紹介していただけますでしょうか。

お返事は、手違いを防ぐため文書又はFAXにてご送付いただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。

【 学校長への第一回相談文例 】


前略、校長先生にはお忙しい所を大変ご面倒様ですが、うちの(続柄)(児童・生徒の名前)(年齢・学年)についてお尋ねしたいことがございまして、失礼をも省みずこのようなお手紙を差し上げました。

実は、担任の先生よりお聞き及びでしょうが、(児童・生徒の名前)は現在(以下、現在、もっとも問題になっている事態を記述する)という状態で、家庭でも出来る限りのことをしておりますが、それだけでは現状を改善する事は難しいようなので、子供にとって長時間の生活の場である学校に、療育に関しましてご協力がいただけるのかお尋ねしたかったのです。

実際の所、(以下、児童相談所の意見・診断機関の診断結果・チェックシートの判定結果等を書く)というような医学的な問題があるようなのです。
そこで、(以下、実施して欲しい措置を具体的に書く)というような措置を講じていただくことは可能でしょうか?
もし、可能であればどのような手続きをとればよろしいのかお教えください。
また、不可能なようでしたら、何らかの代替措置が可能でしょうか?

甚だ勝手なお願いではありますが、お返事は間違いを防ぐため文書又はFAXにてご送付いただければ幸いです。
お忙しい所をお手間でしょうが、私共には学校の方々のご協力が不可欠でございます。
何卒、よろしくお願い申し上げます。


2.文書には具体的な事項を書きます

疑問であれ、要求であれ、必ず「〜はできますか?」「〜という措置を希望します。」のように具体的に書きます。
「〜ということで、どうしましょう?」といった漠然として話では、言われた方も答えようがありません。
「この自治体では、現在の予算の範囲内で、具体的にどのような措置がとっていただけるのか?」という問いにしましょう。

以下に期待できる措置を列挙します。

●ティームティーチングの先生を要請してもらう

●養護学級等に通級で通わせてもらう

●クラス編成を変え、クラスの人数を減らしてもらう

●児童相談所等の専門家と連動して、指導に当たってもらう

●連絡帳・プリント等を活用して忘れ物防止をしてもらう

●定期的に、父兄と会合して学校・家庭での療育を連動させる

●AD/HD・LDの研究会等に積極的に参加して研修してもらう

●AD/HDに関する文書等を配布してもらい、他の父兄に理解を促してもらう

●「いじめ」には、特に注意を払ってもらう

●こちらで用意した資料等を回覧してもらう


3.診断を受けつつ交渉します

まず、出来る限り「先に診断ありき」です。診断機関が混雑しているのは承知していますが、「なんとなくAD/HDのようなんですが」程度の事では誰も動いてはくれません。
具体的な症状が顕著で、すでに問題行動が多く、学校から何回か呼び出されているというようなことでしたら、「疑い」でも措置はしてもらえます。
最低限、児童相談所のカウンセラーさんには会ってみてください。


基本的には、担任の先生、学年主任の先生、教頭先生、校長先生と順々に話は上に上がっていくわけですが、「話の材料」が無くては交渉は進展しません。
必ず、児童相談所等、あなたの自治体の制度に従った機関に相談すること。
診断機関は、紹介してもらっても良いですし、ご自分で探されても結構です。

また、どうしても診断が時間的にかなり先になってしまう場合には、うちのサイトにもありますが、診断機関にそれぞれ診断用のシートがありますから、それでチェックして、具体的にこれだけ症状が当てはまっているからということを示して資料としてください。


4.交渉は粘り強く行いましょう

一端診断が下されると、安心してしまうということがあります。
今まで散々苦労してきたのに誰にもわかってもらえず、やっと、診断が下ったのでこれからは・・・という気持ちになるのはわかりますが、実際は、まだ、スタートラインに立ったばかりなのです。

AD/HDと診断されたからといって、すぐさま、色々な措置が取られる訳ではありません。
実際には、渋々といった形で動き出すケースも多いのです。
なるべく遠慮するようにと、暗に匂わされる場合もあります。
どんどん話を上の機関に上げながら、じっくり交渉していきます。

行政側からも色々いわれる可能性があります。
「お宅だけ特別扱いできない」
しかし、これはただの言い逃れです。
全員、いっせいに行える日など、決して来ないのですから。
「うちの子が第一号」であって悪いわけは、どこにもありません。

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というコンテンツからも一部抜粋してみたいと思います。
子供に対する親の、あるいは児童・生徒に対する教師・指導者の、根本的心構えが論述されています。

1、(お子さんが)AD/HDであると診断された場合


○投薬に期待しすぎても、恐れてもいけません。

医師と細かく連携し、観察日記もつけ続けながら、調整しましょう。
一度信頼したら、医師の指示は守ってください。


○学校等、お子さんの在席している教育機関に対応の要請をしましょう。

相談しても、結果が思わしくない場合は、いろいろ手段があります。
交渉でお困りの場合は、メールを下さい。
学校との交渉の仕方等アドヴァイスさせていただきます。


○リラックス・気分転換を心掛けましょう。

あなたのイライラは、お子さんに反映します。
一生付き合っていくんですから、焦っても仕方ありません。
あなたの気分転換も、療育の一つと考えて下さい。


○「拘り」は捨ててください。

実は、人間は千差万別で「標準」なんてありません。
生きるのに必要な事以外は、「どうでも良いこと」です。
あなたに「拘り」が多いほど、イライラも募りますし、苦しみも深くなります。


○キレそうになっても、5秒間我慢してお子さんを抱きしめてください。

スキンシップは、何よりの特効薬です。
「怒る前に抱きしめる」これを心掛けてください。
人間はスキンシップによって脳内麻薬が作用して、キレ難くなります。


○出来ないことはさせない。

誰も、足が不自由な子に「走れ!」とは言いません。
眼には見えなくとも、障害があるわけですから、出来ない事も存在します。
出来ない事をさせるより「出来る事をやり易くさせる」を心掛けてください。


○教育システムを学びましょう。

ポーカーチッププログラム等、成果を上げているシステムがあります。
また、感覚統合療法なども役に立つ場合があります。
書籍・ネットで積極的に情報を収集し、学びましょう。


○お子さんを守れるのは親御さんだけです。

家族こそ、最後の砦です。このことを忘れないで下さい。
あくまでお子さんを護る、このことが何より重要です。
引け目を感じる必要も、遠慮も関係無し!
あなたのお子さんの生活が第一です。


○犯罪に注意すること。

AD/HD児は、犯罪の加害者にも被害者にもなりやすいのです。
虐めとか、盗み等の噂話には敏感になってください。
ただし、お子さんを詰問しないようにしてください。


○真実はどうでも良い。

日頃、お子さんの虚言癖に悩んでいる方も多いと思います。
真実はどうでも良いのです、信じましょう。
お子さんの言う事を受け入れましょう。
そうしているうちに、嘘をつかなくなります。
だって、嘘をつく必要がないのですから・・・
目の前の苦しみから逃れるために嘘をつくのですから、
受け入れてしまえば、嘘は無くなります。


2、指導者の方々へ

*きつい事を書きます。しかし、必要だから書いています。



○知識・心構えは十分ですか?

スキンシップを心掛けつつ、特別扱いしているように見えないようにします。
なおかつ、対象の児童には、満足・愛情を認識させるように接してください。
様々な教育技術が、書籍で紹介されています。
積極的に情報収集して、日頃の教育に生かしてください。


○問題児童を邪魔者扱いしていませんか?

AD/HD児に限らず、疎外感を持たせては何も解決しません。
また、疎外されているという認識は、AD/HDを著しく悪化させます。
まず、受け入れる事。彼らの存在を前提とした学級経営を考えてください。


○貴方の指示は明瞭ですか?

指示は明確に、できれば黒板に書くか文書にして配ります。
AD/HDに優しい学級経営は、全ての児童に優しい学級経営です。
何度も言い直したりして、混乱を誘っていませんか?
板書も、不十分ではありませんか?


○聴かない生徒が悪いと思っていませんか?

生徒が、先生の言う事を謹聴するというのは当たり前の事ではありません。
ざわざわして、聴いていないとか良く聞こえないのが当たり前です。
貴方の指示が重要だと納得すれば、生徒はきちんと聞きます。
きちんと、論理立てて指示の重要性を説明できていますか。


○教材は適正ですか?

「長年これでやってきた」は何の言い訳にもなりません。
対象とする生徒が変化すれば、経験など無いのも同じです。
毎回、新たな気持ちで、生徒に合わせた教材を用意しましょう。


○出来ない事を無理強いしていませんか?

出来ない事を出来るようにするのが教育ではありません。
知らない事を教えるのが教育です。
自分の言っている事が、足の不自由な子に走れと言っているのと
同じような「ごり押し」でないか、常に、振り返りましょう。


○「これぐらい出来て当たり前」と言っていませんか?

AD/HDは「障害」と「個性」の中間にあります。
当然、「出来ない事」が厳然として存在します。
「標準」とか「当たり前」で判断する事は出来ません。


○問題児童を受け持って運が悪いと思っていませんか?

これは、あなたにとって教育技術を磨くチャンスです。
あなたが、真に教育者か、ここで試されていると考えて下さい。


○プライドが邪魔していませんか?

ネットでも、リアルライフでも、プライドを捨てて協力・助言を仰ぎましょう。
個人が持っている知識・経験などはちっぽけなものです。
子供は社会の財産ですから、皆で育てるのです。


○自分流・自分の基準に拘っていませんか?

生徒を貴方のやり方に適応させるのが教育ではありません。
生徒に生きる力を与えるのが教育の根本です。
主役は貴方ではなく、生徒の方です。


○先生だから偉いと思っていませんか?

尊敬できる部分があるから偉いのです。
生徒を納得させる事が出来てこその指導者です。

◇-----------------------------------------------◇


『 見分けのポイント(保護者用) 』


このポイントは、某医科大学のLDセンターの問診表を参考に、僕の経験をもとに加筆訂正したものです。
このページを開設して以来の相談者の方々のご協力によって集まったデータも、加味してあります。プリントアウトして活用してください。

AD/HDは注意力が不足しているとおもうと過集中であったり、多動であるかと思うと全く動かなかったり、暗記が苦手かと思うとデータベースのようであったり、正反対の性質を、しばしば現します。
このポイントも、正反対の現れ方をすることがあります。AD/HD児が百人いれば、百通りの症状の現れ方をします。

このポイントの多くに当てはまるようなら、診断機関を探して診断を受けてください。
その際には、ここのコンテンツ「取り組みへのファーストステップ」を参考にしてください。


【日常生活でのポイント】 

偏食である、食事に関心が無い。

夜寝かせるのに、随分苦労した覚えがある。

就寝時間が遅い傾向がある、常に睡眠不足である。

起床に大変手間がかかる。

しばしば、立ちくらみを起こす。

入浴中に、気分が悪くなる事がよくある。

どうも、一瞬、記憶が途切れているようである。

リアルな嘘をつく。反射的に嘘をつく。

言い訳が非常に多く、一度で行動に移せない。

忘れ物、失くし物が非常に多い。

反射的に、口答えする。

「自分は他人と違う」「天才だ」「隠れた才能がある」とよく言う。

好んで人の気持ちを傷つけていると思うことがある。

「生まれてこない方が良かった」等、自己否定的な口癖がある。

異常なほど陽気にはしゃぐ事があるのが目に付く。

他人を馬鹿扱いすることが大好きなようだ。

自分の過失を指示の間違いの所為にし、保護者・指導者を責める。

状況の変化に対応できず、指示が無い事を責める。

他人の失敗は、容赦なく罵る。

本気で謝っていたり、反省しているようには見えない。

気分の変化が激しく、次の行動が読めない。

時間の感覚が普通人と全く違う気がする。

自分の決め事は絶対に変えようとしない。

痛みに関して鈍感であるように見える、または、過敏である。

物音につられる事が多く、集中できない。

チック症状が出ている。

自傷行為が出ている。

動物(実物・ぬいぐるみを問わず)を虐待、又は、溺愛する。

他人に対して、反射的に暴力をふるう。

執念深く、被害・侮辱・批判を忘れない。

「いらつく」「むかつく」が口癖である。

しばしば「キレテ」しまう、興奮しやすい、かんしゃくを起こしやすい。

人のものを壊すのに躊躇が無い、借りたものを返さない。

夜尿症である、よく失禁する。

幼く見られる、いつも助けを求める。

よくにおいをかぐ。

思わず、人を押したり、物を投げたりする。

流行にはあまり興味が無い、服装に頓着しない。

物事を段取り良く進められない。部屋の整理ができない。

姿勢が悪い。ピシッと座れずに、グニャっとしている。


【遊びに関するポイント】

体の動きがロボットのようで、ゆっくり動作する事ができない。

「ごっこ」遊びができない。役割理解に欠けている。

友達と遊んでいる最中、理由無く卑屈であったり横柄だったりする。

興奮しやすい、かんしゃくを起こしやすい。

友人と遊ぶ時の暗黙のルールがわからない。

他の子供が話す内容がわかっていない。

走り回る、よじ登る、飛び降りる等の行動が目立つ。

他の子をいじめたり、脅したりする。

仲間と遊ぶよりも、一人で居ることを好む。


【会話に関するポイント】

発音が聞き取りにくい。

会話中に目があらぬ方を向いている。

しゃべりたいときは、何時でも何処でもとにかくしゃべる。止まらない。

思いついたことは、口に出さずにはいられないようだ。

話しているうちに、話の筋道がドンドンずれていく。

どもる、焦りのため上手く話す事ができない。

話を最後まで聞かずに、思いついたことを言うために腰を折る。

相手の感情を察する事ができない。

話し掛けられても、ぼんやりしていて聞き逃す。

他の人の会話やゲームに、口を出したり、邪魔したりする。

テレビ等で聞いた言い回しそのままでしゃべる。

自分が言った事は、相手に全て通じており、理解されていると思っている。

言い間違いが多い、文脈がわからない、人の名前を間違える。

カンゴクサン、バラナ、ダイオン等、間違った語音でしゃべる。

コチョレート、トウモコロシ、エベレーター等、音節が入れ替わる。


【学習上のポイント】

習った事をすぐに忘れる。

算数・数学の応用問題が、意味がわからないためにできない。

計算過程を記述しない、しばしば、省略する。

作文が苦手である。短文すら作れない。

説明が回りくどすぎる、説明する事ができない。

音読が棒読みであり、感情を込められない。

音読で切る個所がおかしい、意味がわかっていないで読んでいる。

新しい分野の勉強は習得しにくい。

「手を付ける」等の慣用語句を、字義通りに理解してしまう。

失敗を異様に恐れる。完璧でないと気が済まない。

提出物を出さない、親への連絡等を見せない。

ノート・教科書が汚い。きれいに使えない。

字がきたない。丁寧に書く事ができない。字の大きさ等のバランスが悪い。

絵が下手である、又は、異様に精細な絵を書く。

手先が不器用である、又は、異様に器用である。

音痴である、リズム感が無い、又は、異様に音程が確かである。

特定の分野には、まるで生き字引のように精通している。

根気と集中の必要な精神的作業を嫌がる。

頭の切り替えができない、非常に遅い。

ずば抜けた記憶力を見せるときがある。

ずば抜けた集中力を見せることがある。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

『 見分けのポイント(指導者用)』


このポイントは、某医科大学のLDセンターの問診表を参考に、僕の経験をもとに加筆訂正したものです。
このページを開設して以来の相談者の方々のご協力によって集まったデータも、加味してあります。プリントアウトして活用してください。

AD/HDは注意力が不足しているとおもうと過集中であったり、多動であるかと思うと全く動かなかったり、暗記が苦手かと思うとデータベースのようであったり、正反対の性質を、しばしば現します。
このポイントも、正反対の現れ方をすることがあります。
AD/HD児が百人いれば、百通りの症状の現れ方をします。

このポイントの多くに当てはまるようなら、父兄に対して、診断を受けるように説得してみてください。
指導上、是非、知っておくべき事です。
父兄の次に長く子供に接するのは指導者なのですから。


【学習上のポイント】

習った事をすぐに忘れる。

質問に、予想もしなかったような答えを返す。

算数・数学の応用問題が、意味がわからないためにできない。

計算過程を記述しない、しばしば、省略する。

漢字・年号・公式・元素記号等の棒暗記ができない。

英単語が暗記できない、英語の読みが理解できない。

作文が苦手である。短文すら作れない。

説明が回りくどすぎる、説明する事ができない。

音読が棒読みであり、感情を込められない。

音読で切る個所がおかしい、意味がわかっていないで読んでいる。

新しい分野の勉強は習得しにくい。

板書を写す事が遅い、間違って写している、意味を理解していない。

「手を付ける」等の慣用語句を、字義通りに理解してしまう。

授業で、指名される前に答えてしまう。順番が待てない。

他の児童生徒より、明らかに集中時間が短い。

失敗を異様に恐れる。完璧でないと気が済まない。

授業中、しばしば、立ち歩く。教室から出て行く。

机・ロッカー・筆箱・道具箱・かばん等の整理ができない。

必要なものが取り出せずに、いつも慌てている。

提出物を出さない、親への連絡等を見せない。

ノート・教科書が汚い。きれいに使えない。

字がきたない。丁寧に書く事ができない。字の大きさ等のバランスが悪い。

絵が下手である、又は、異様に精細な絵を書く。

手先が不器用である、又は、異様に器用である。

音痴である、リズム感が無い、又は、異様に音程が確かである。

特定の分野には、まるで生き字引のように精通している。

座っていても、もぞもぞと手足を動かしている。

姿勢が悪い。ピシッと座れずに、グニャっとしている。

根気と集中の必要な精神的作業を嫌がる。

頭の切り替えができない、非常に遅い。

ずば抜けた記憶力を見せるときがある。

ずば抜けた集中力を見せることがある。


【会話に関するポイント】

発音が聞き取りにくい。

会話中に目が合う事が少ない。

しゃべりはじめると止まらない。

相手の感情を察する事ができない。

どもる、焦りのため上手く話す事ができない。

話し掛けられても、ぼんやりしていて聞き逃す。

思いついたことは、口に出さずにはいられないようだ。

他の人の会話やゲームに、口を出したり、邪魔したりする。

テレビ等で聞いた言い回しそのままでしゃべる。

自分が言った事は、相手に全て通じており、承知していると思っている。

言い間違いが多い、文脈がわからない、人の名前を間違える。

カンゴクサン、バラナ、ダイオン等、間違った語音でしゃべる。

コチョレート、トウモコロシ、エベレーター等、音節が入れ替わる。

話を最後まで聞かずに、思いついたことを言うために腰を折る。


【遊びに関するポイント】

運動させると、動きがギクシャクしている。

「ごっこ」「見立て」の遊びができない。

しばしば「キレテ」しまう。

興奮しやすい、かんしゃくを起こしやすい。

友人と遊ぶ時の暗黙のルールがわからない。

他の子供が話す内容がわかっていない。

走り回る、よじ登る、飛び降りる等の行動が目立つ。

他の子をいじめたり、脅したりする。

仲間と遊ぶよりも、一人で居ることを好む。


【その他生活上のポイント】

虚言癖がある。

言い訳が非常に多い、ぐずる。

忘れ物、失くし物が非常に多い。

大人に対して、しばしば、挑戦的な言動をし、口論を挑む。

反射的に、大人の言う事に言い返す、反抗する。

「自分は他人と違う」「天才だ」「隠れた才能がある」とよく言う。

意図的に、他人の気分を害するような行動・発言を繰り返す。

しばしば、自己否定的な言動をする。

他人を馬鹿扱いすることを好む。

自分の非を人の所為にする、責任を回避する。

気分の変化が激しく、周りをピリピリさせる。

待ち合わせの時間等を守るのが苦手である、又は、異常に固守する。

自分が一度決めた習慣、様式、形式に異常に拘る。

痛みに関して鈍感であるように見える。

物音や触覚に敏感である。

普段と違うパターンのことを嫌がる。

チック症状が出ている。

動物を残酷に扱う。

他人に対して暴力を加える、暴力に歯止めが無い。

意地悪、執念深い、被害・侮辱を忘れない。

「いらつく」「むかつく」が口癖である。

しばしば「キレテ」しまう、興奮しやすい、かんしゃくを起こしやすい。

人のものを壊すのに躊躇が無い、借りたものを返さない。

◇-----------------------------------------------◇

今回の VOL.10 は 俵田氏の論述再掲のみで終わります。

まだまだ知りたいことはありますが、このカテゴリーはとりあえず次回で一旦終了します。
次回の VOL.11 では、今まで学んだことを復習しながら、全般的な感想を述べてみるつもりです。
 
posted by hakobulu at 19:48| Comment(8) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

VOL.11 ADHD 思うこと

ADHD について、ネットを介して色々なことを学んできました。
まだまだ学び足りない、つまり、ADHD を理解したという段階には到底到っていませんが、とりあえず今回で一段落つけたいと思います。

◇-----------------------------------------------◇


◎まとめ---ADHD とは◎


1、Attention Deficit Hyperactivity Disorder の略。
邦訳すると「注意欠陥多動性障害」。

「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない脳神経学的な疾患」のこと。

但し、これらの特徴が
「7歳以下の頃から現在まで常態的に続いていて、生活が困難な程、支障がでている」ことが条件。


2、器質的な疾患であるから本人には何の責任もない。
音痴の人に向かって、歌が下手なのはあなたの責任、と言う人はいないだろう。
足の悪い方に向かって、なぜ速く走れないのか、と言う人もいないだろう。


3、コントロールできない程度については、個人的な幅がかなりある。


4、器質的な疾患ではあるが、周囲の無理解や誤解による二次的障害がしばしば惹起する傾向にある。


5、確定的な診断方法及び治療方法は確立されていない。
また、他の疾患(甲状腺機能障害など)によって似たような症状が出ることも多いため、専門家の診断が必須である。

とは言っても、 ADHD に対する適確な知識・理解を持っている医師etc.の専門家は、現状では必ずしも多いとは言えない。


6、現段階では薬物療法と精神療法が共に必要とされている。


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「 ADHD って何? 」と聞かれたら、上記のように答えていいのだろう。

いつまでも止まない頭痛に対して鎮痛剤が必要なように、視力が衰えれば眼鏡が必要なように、ADHD に対しては、今のところ薬の服用で症状を緩和することが一般的な治療となっているようだ。
器質的な問題は、それが最良の解決策ということなのだろう。

この VOL11 では、それ以外の問題、すなわち、
周囲の捉え方、及び本人の考え方、という、お互いに連動しているであろう要素について、もう少し考えてみたいと思う。

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<< 1、周囲の捉え方 >>


繰り返しになりますが、
ADHD とは、脳神経間伝達物質に関する器質的な疾患です。

器質的である以上、その特徴を理由に責めたり偏見を持ったりすることは、人間性に悖る行為となるでしょう。
しばしば例に出してしまい恐縮ですが、足の悪い方に対して走るのが遅いと責めているのと同じことになります。

ADHD に起因すると思われる言動は不意図的に現われるもの。

不意図的である以上、責めてはならない

はずです
また、ADHD の特質ゆえに人格を疑ったり否定したりするのも許されないことでしょう。
このような態度で接することによって、次第に、

自尊心の低下

対人恐怖をはじめとする不安障害

うつの症状


等々が二次障害として醸成されていくことになる、ということを考慮する必要があります。

注意力・衝動性・多動性などの問題が生じるのは ADHD に限りません。
誰にでも経験のあることでしょう。
ADHD の場合は、その程度が甚だしいというだけのことです。

確かに、これらの要素に問題がある場合、集団での行動がスムーズにいかないケースも出てくるでしょう。
しかし、それは、

工夫によって解決されるべき

ことです。

不注意や衝動性、多動性によって生じる不都合を極力減らせるような、人的・物的環境が整備されるべきでしょう。
そういった環境整備は、その場に属する他の全ての方々にとっても必ず有益なものとなるはずです。

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ところで、現在のところ、ADHD の示す特徴は、

注意欠陥多動性の「障害」

と捉えられています。

では、「障害」とは何でしょうか。
この場合に適当な解釈を辞書で探してみると、
「あることをするのに、さまたげとなるものや状況。」
などとなっています。

つまり、「ある目的のために ADHD のような症状はさまたげになる」という認識に基づいて「障害」という名が冠せられていることがわかります。
ある目的とは何かと言えば、たぶん「集団行動=社会(生活)」なのでしょう。

「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない」と、社会の妨げになる。
これが、ADHD に対する「命名者の評価」ということになりそうです。

果たして、本当にそうでしょうか?
集合時間に遅れたり、落ち着きがなかったり、片づけが下手だったり、
他にも「みんなと一緒に同じことをする」のが苦手だったりすることは、確かにあるでしょう。
もしかすると、他にも妨げになる場合があるのかもしれない。

しかし、それが、

どれほど重大な妨げになるのだろうか

、ということをよく考える必要があるように思います。
なぜなら、

人間の性格が千差万別である以上、妨げと判断しようと思えばできることは数限りなくある

ことになるからです。
たとえば、アーリア人種の優秀さを主張したナチスドイツは、彼らの価値観の妨げになるというだけで、ユダヤ人やジプシーなどを迫害・虐殺した。
同じ民族であっても、エホバの証人や同性愛者、アルコール依存症者などへの迫害や処分が行なわれた。
極端と言えば極端な例ですが、似たような例は日本でも他の国でもあるでしょう。

結局、

障害と判断するから障害になる
つまり、
障害と判断しなければ障害ではない

ということになるのではないでしょうか。
この判断が全く理不尽なものである場合や、
ちょっとした工夫や協力で、十分にクリアーできることがたくさんあるはずです。

何より、工夫や協力というのは、障害のある無し以前に、人間が獲得し発揮してきた、且つ発揮していくべき当たり前の能力ではなかったでしょうか。
私たちは、そのことを忘れているように思われます。

利潤の追求・確保のためには、人の命や安全性などを犠牲にしてまで全力を尽くすというのに、
私たち人間は、ほんの少しの不便さ、不自由さを抱えているというだけで障害という名を冠して差別化を図ろうとする。
むろん、公的援助などのため何らかの呼称はあっていいわけですが、

ADHD という特徴に関する根本的な哲学が、あまりにも貧困すぎはしないか

という思いがあります。
個人の集まりによってはじめて社会は形成されるはずです。
社会を構成するために個人が存在するわけではないでしょう。
すなわち、

本当の障害とは、ADHD な方本人をして「生きづらい」と思わせる社会そのもののことである場合も多いのではないでしょうか。

deficit(欠陥) であったり、disorder(障害) であったり、こういった語彙を選択したという、その当初の発想自体に、現在の人類の超自我的未熟さを感じてしまうのは私だけでしょうか。

人の精神的な発達は段階的に、
本能(快・不快)
自我(損・得)
超自我(善・悪)
という過程を辿ります。

超自我というのは、他者の快・不快、他者の損・得に思いを馳せることができる、ということでもあります。
超自我的に未熟ということは、生命力の殆んどが、本能的、自我的な部分に投入されているということです。
自らの快と得だけより考えられなくなる。

それはなぜでしょうか。
人間は、必然的に超自我を希求するような土壌を携えてこの世に生まれてきます。
他者を顧みるということは、人間にとって本来喜びであるはずなのです。
にも拘らず、超自我領域に未開拓地を多く残してしまうのは、生命力の殆んどを自分を守るためだけに使わざるを得ないからでしょう。

おそらく、自分は安全ではない、という怖れがその理由であるような気がします。
ある程度の安全を確保していると感じている人の場合は、この安全は完璧なものではない、という怖れでしょう。
自身の安全を脅かすのは常に他者と想定されるものです。

そういった存在としてより他者を想定できないために、他者の立場になってみる、という想像力を働かせることが難しくなってしまう。
そのために、ある集団内において、少しでも「異質」と感じられるものは「同質化」を強制される傾向にある。
こういうことなのでしょう。
同質なものに対しては怖れを抱く必要もありませんし、想像力を働かせる必要もないからです。

つまり、

ADHD における特徴を「障害」と定義する心理は怖れである

という解釈が可能になるでしょう。

この原初的ともいえる怖れに流されるまま、ADHD を障害という目で見るのか、あるいは、
誰しもが持つある面での要素が、たまたま甚だしく現われているだけであると見るのか。
そして、ほんの少しの工夫と想像力を駆使して、互いに好ましい状況を創出しようとするのか。
ということになると思います。


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友人にも少し意見を聞いてみました。
友人が言うには、

○→---------------------------------------------------------

自分が ADHD という特性のために困っているのなら(自分の生活に対して「障害」になっているのなら)自分は「障害」である、と思えばいいだけ。
名前のことはどうでもいい。
「障害」ですけど何か?って思っている人もいるだろうし、
「障害である」と思うことで救われる人もいるんじゃないだろうか。
「障害」と名づけること=「悪」「無知」ではないと思う。

重大な妨げになることがあるのは、当事者の多くは認めているんじゃないだろうか。

社会にとって迷惑だから、社会側(から見た人)が「障害」と名づけた、というより、本人がその特性のために「本人の生活」に困っているのを見た人が名づけたのじゃないだろうか。

---------------------------------------------------------→●

ということでした。
私の考え方は、情緒に走りすぎている部分も多少あるのかもしれません。
友人の考え方は論理的だと思います。
ADHD な方の矜持という視点に立っているように感じます。

しかし、たとえ本人が「障害」と感じていたとしても、周囲の人々としては、妨げなんかじゃない、という捉え方を自然にできるようになるべきと、私はやはり思う。

ただ、友人の意見は、極めて冷静で自然であるという点で、「本人の基本的な考え方」としては有効だろうという気がする。
そのことに関連しても後ほど少し触れておきたい。

この友人は、
「重大な妨げになってしまったときに、文句を言われたり叱られたりするのも当事者の多くは納得しているのではないか」とも言います。
そして、「重大な妨げになってしまったとき」に、ADHD な方々が望むのは、次のようなことではないかと続けています。

-------------------------------------

A.私の中に悪意を探さないでほしい。

B.何度でも謝るので聞く耳を持ってほしい。

C.できることがあったらするから、「こうして欲しい」と教えてほしい。

D.しかし、「どうしてもできないこと」を「できなさい」としつこく求めないでほしい。

-------------------------------------
とても的を射た見解だと思いますし、人間関係全般に適用できる重要な留意点だと思います。

ただ、 B に関しては、何度も謝らなくて済むような周囲の体制作りが必要という気がします。
たとえば、遅刻ということに関して言えば、遅れる人がいることをあらかじめ組み込んで、そのための措置を用意しておく。
もちろん、その措置をとることを面倒がらないような社会背景、思想といったようなものが醸成されていることが前提になります。

具体的には、先ほども述べましたが、集合時間に遅れることは団体の妨げにはならない、という思想です。
遅れてしまうという特質を持った人がいる、ということを認めればすむことなのですが、団体全員に迷惑がかかる、という発想が今は優先されていると思われます。

で、どういう迷惑なのかということを突き詰めていくと、実は迷惑と呼ぶのは間違いであった、ということになる可能性はあるでしょう。
この場合、障害と思えたものは障害でなくなるはずです。
障害を持った方のためということではなく、そのような思想を持てる、ということが人類の、あるとすれば幸せといったようなものにつながっていくはずだろう、と私は考えるわけです。

Aに関しては、「わざとやっているわけではありません」ということ。
Cに関しては、「そんなこと言わなくてもわかるだろ。気づいてちゃんとやれよ」といったような、【的はずれな】敵意をむき出しにしてくれるな、ということになると思います。
Dは、誰にとってもストレスとなる暴力と同じでしょう。
限界に近いものを乗り越えるという経験によって人は成長するものですが、乗り越えられない崖を登ってしまうと転落するしかありません。
このへんの見極めには十分注意が必要になる、ということになるでしょうか。


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<< 2、本人の考え方 >>


ADHD な方ご本人はどのように考えればいいのだろうか、という点については、「VOL.9 ADHD 本人の対処」でも記事にしました。
Tawarada Private School の俵田治氏は、

(ADHD な方にできないことがあるとしても)
それは、実は「どうでも良いこと」です


と述べておられました。
その上で、

長所・短所をきちんと評価しなおすということが大事

とも同氏はおっしゃっています。

『フロンティア★ADHD』の 「あーさ」さんは、

非 ADHD な方と上手く付き合うコツは、

安心させること!

と主張しておられました。

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◎自分の特質をよく理解して、その長所を生かし、短所は可能な限り改善、あるいは適応しようと努める。

◎人間というものは、自らを守るために他者に対して懐疑的であるのが一般であるから、「安心させること」が摩擦の少ない関係性構築のためには有効である。

◎所属する社会に生きていく上で不便さや不自由さを感じる事柄については、当然の権利として援助を要求し、またそれを堂々と享受すべきである。
税金はそのために納められている。


基本的な気持ちの持ちようとして、以上のように考えてよいのではないでしょうか。

しかし、これは ADHD 云々の問題ではなく、二人以上の人間集団においては誰しもが留意すべきことでしょう。
この考え方は正当なものであると思いますし、ADHD であるなしに拘らず、誰しもがこれを当たり前のこととして考えられるようになった時、ADHD の示す特徴とは単なる一個性にすぎない、ということが実質的に定着していくのではないか、と思われます。

ただ、現実的にはどうしても軋轢は生じます。
純粋であればあるだけ、本来無用の悩みを抱えてしまうこともあるでしょう。
無用の悩みとは言いましたが、実際問題として、本人にとっては必然であるかのようにのしかかってくるものだと思います。

そこで、
VOL.8 ADHD 非薬物療法でも少し触れましたが、認知行動療法と精神分析的療法について、もう少しだけ記してみたいと思います。

認知行動療法は自己療法というわけではありません。
また、精神分析的な考え方が即座に何らかの役に立つとは限りません。
ただ、これらに共通しているのは、不合理な思い込み(イラショナルビリーフ)という呪縛から個人を解放する鍵になり得る、という点ではないかと思っています。

これらの内容を垣間見ることによって、自己の現状について多少なりとも論理的解釈が可能になり、
そのことによって、無用に自らを責めたり、卑下したりしなくて済むようになるきっかけが得られるかもしれない、と考えます。

あくまで独学的な感想の域を出ない内容であることだけは、あらかじめお断りしておきます。

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<< 3、認知行動療法 >>

まず、ここにおける「認知」というのは、
個人の
予測、
判断、
信念、
価値観、
といったようなことです。

こういった認知が不合理であるために、無用の悩みをその個人にもたらしていることがしばしばあるものです。
この療法は、上にあげたような要素に関して「認知的変数」を想定し、それが言動にどのような影響を与えているか、ということに注目します。

早稲田大学人間科学部 坂野雄二氏提示の表によると、たとえば次のような変数名と機能が記されています。

【スキーマ】
:論理的誤謬を引き起こす個人の思考の固定的な判断基準を修正することで感情障害は修正される。
【誤った概念化】
:心理的問題に関連する患者の概念化が正確で現実的なものになれば不適応は消去される
【不合理な信念】
:環境と行動内容に関する不合理な信念を合理的なものへと変容することによって不適応が改善される
【原因帰属】
:抑うつ者は、成功を外的・可変的な要因に帰属し、失敗を内的安定的な要因に帰属する傾向にあり、原因帰属を変容することによって抑うつからの脱却が可能である
など。

このような要素を判定する専門の質問用紙があり、そこに記入された内容に基づいて随時治療が進行していく、とのことで、
治療法には、たとえば次のようなものがあるようです。

◎セルフモニタリング
本人がどのように考え、どのように行動し、どのような気分であったか、を具体的に観察して記録してもらうのだそうです。
クライアントが、
自分の状態を客観的な事実として理解するため
ということですが、これは不合理な思い込みから脱却するための第一歩と言えるのでしょう。

◎脅威場面への暴露
というものもあります。
通常、クライアントは、困難な場面や脅威刺戟からの回避行動が習慣化されている。
自律訓練法斬進的筋弛緩法などを対処スキルとして身につけたうえで、あえて、困難な場面や脅威刺戟から回避しないような行動をとる。

◎認知の再体制化
では、セルフモニタリングの内容をもとに、自らの認知を観察することから始まる。
それが本当に妥当な考え方なのか、あるいは他に考え方はないのか、などの確認作業に入る。


これらは無論、治療者のための方法と言えます。
ただ、こういった内容を知ることは、論理的思考をしてみる際の参考にはなるかと思われます。
 
この認知行動療法に関しては、熊野宏昭氏のホームページ
Kumano's Information Base
に掲載されている
認知行動療法(1999年執筆)
という論文を参考にさせていただきました。

認知行動療法とは認知の変容によって自らの思考や行動を制御していこうとするものでしょうから、意志を重視した療法ということが言えると思います。
この療法は、精神分析学における過去の抑圧とか無意識とかいったような不確定な(証明できない)要素は重視しません。

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<< 4、精神分析療法 >>


認知行動療法が意志の療法であるとすれば、精神分析療法は無意識の療法ということができます。
無意識という目に見えないものを信じるのはおかしいといったようなこともありますが、実際、意識しないものに私たちの言動が制御されているのは明らかなことでしょう。

神経症などに対する療法として、あるひとつの方法だけが有効ということは稀ではないだろうか、と私はいつも考えています。
それぞれの視点があるわけですが、それぞれの有効性を組み合わせ、すなわち長所を生かし、総合的な視点を得ようとするのがよいのではないかと思うわけです。

認知行動療法は上に記してきたように、イラショナルビリーフに気づくことによって、現実への適切な考え方や対応を実現していこうとするものです。
ただ、それがイラショナルビリーフであると納得するのはなかなか難しいことだと思われます。

他者を信じられないのが、実は、幼少時から両親による信頼や愛情、という感覚を獲得できなかったからだ、ということを認めるのは容易なことではありません。
親が自分を愛していなかったはずはない、という思い込みがあるからです。(むろん、この逆の場合もあります)
たとえば、これがイラショナルビリーフの一部です。

この抑圧された思い込みを解除するためには、抑圧されているものを浮き彫りにする必要が出てきます。
抑圧されている心の領域は普段気づかない場所ですから無意識領域と仮に呼ぶことが許されるでしょう。
無意識領域に格納されているのは、思い出したくない(ゆえに抑圧されている)ものと推定するのが順当です。

精神分析学に関してADHD の場合に有効となるのは、ADHDそのものの直接的な特徴以外の、対人・対社会的対応において、なぜ自分はそのように考えるのだろうか、という自己分析ではないかと思われます。

いわゆる二次障害としての自尊心の低下・不安障害・うつ といったような神経症的症状。
これらについて認知療法的手法と併せ、自己分析することによって、ある程度の緩和が可能ではないか、と気がします。
少なくとも、自らの心理構造の解明によって無意識領域に納得できる部分が増えてくるのは、心理的安定に寄与できるでしょう。

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現実社会に自分自身を実際に対処させているのが、精神分析的には自我ということになります。
エス(本能的欲求)と超自我(無原則的抑圧)の要求を調整する役割ですが、いつもうまく調整できるとは限らないため、自我自身が崩壊してしまわないように、つまり、現実対応が不可能にならないように、自我は自己防衛的な手段をしばしば用います。

『抑圧』
:もっともよく知られているのは、上にも述べましたが、これでしょう。
覚えておきたくないほど嫌なことを無意識領域に封印します。

『投影』
:自分の中の感情なのに、「相手が持っている」と取り違えることです。
自分が嫌っている相手から自分が嫌われていると思い込むことなど。

『反動形成』
:気持ちと反対の行動をとること。
嫌いな相手に不自然なまでに低姿勢をとったりすることです。

『合理化』
:葛藤や罪悪感を伴う言動を、社会的に許されそうな理屈をつけて正当化することです。
有名なのは「すっぱい葡萄」。
どうしても木の上の葡萄を採れなかったキツネが、
「どうせあの葡萄はすっぱいに決まってる」と毒づいて諦めるというお話。

『昇華』
:実現不可能な現実的欲求や、果たせない悔しさなどを社会的に有益なことをするエネルギーに転換することです。
いいことばかりではなく、やりすぎると、強迫性障害などの危険性も出てくる可能性があると言われています。

『退行』
:現実的にエスを満足させられなくなったと判断したとき、自我が自身を変容させて、過去に後戻りすることです。
思い通りに欲求が満たされていた、いわゆる口唇期や男根期の精神状態に自我が退却してしまうわけです。
いずれにしても、この退行が種種の神経症の原因であると言われています。
退行して個人の内部では一応の満足はみるわけですが、現実社会との差はますます広がってしまうわけで、それが不安を増幅していく、という構図ではないかと思われます。
ただ、人間というのは多かれ少なかれみな神経症者です。
幼児期を経験していない人間はいないからです。

この退行というのは大体がナルチスムへの回帰と言ってよいでしょう。
退行するのは、自我がエスの欲求に負けるためという解釈が可能です。
自我の目的というのは元々、エスの欲求を超自我の抑圧を受けつつも実現していくことだからです。
神経症の緩和、あるいはそれから脱却するためには、端的に言ってしまえば自我を強くする必要があることになると思います。

自我を強くするとは、(過去も現在も含めた)現実を直視するということでしょう。
現在の自己は過去の自己の延長線上にあり、つまり多かれ少なかれ強い影響を受けています。
自己分析によって過去の自分、過去の現実を知ろうとすることは無駄なことではないでしょう。
個別に要素も違いますし、自己分析といっても実際的には難しいものがあります。
個人的には、全く無抵抗の幼時期から継続的に影響を受けてきた両親との関係性に目を向けることが、その第一歩となるのではないか、という気はします。
この項で述べることができるのは、こういったことになります。

このカテゴリーは、また、なにか追加することがあるかもしれません。
 
posted by hakobulu at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

『なんで出来ないの?』

と言われるのは、おそらく「お前はどうしようもない人間だ」と根底から人格を否定されているような気になるんだと思う。

以前、関心を持って調べたことのある ADHD という
「注意力・衝動性・多動性を自分で完全にはコントロールできない脳神経学的な疾患」
についてちょっと振り返ってみる。

「他の人なら普通にできることができない」と一番感じているのは、おそらく本人自身だろうと思う。
痛切に感じていると思う。
「なんで出来ないの?」という問い、もしくは責めは、足の不自由な人に向かって、
「なんでちゃんと歩かないの?みんなちゃんと歩いてるんだから、君も普通に歩いてよ。」
と言っているのと同じことになるだろう。

ADHD の人はある方面で才能を持っている場合が非常に多い。
あくまでたとえだが、足は悪くても手がとても器用で、洋服のデザインを発想したり描いたり製品化したりすることに秀でていたりする。
このような場合、洋服デザイナーという職業は本人にとってもはや生活の単なる手段以上のものと位置づけられることになるはずだ。

それは、自己実現そのものになるのではないだろうか。
仕事というのは多かれ少なかれそういった意味を含んではいるが、
足が悪いという自覚があるだけに、手が器用であることを是が非でも証明したいという思いに(強く)駆られると思う。

そして重要なことは、それを他者から認められることだろう。
「認められること」を強く、というより切実に求めているはずだ。
働いた結果を認められたり、賞賛されたり、御礼を言われたりするということは、人格を認められることと同義になるのだと思う。
中学生がお小遣い欲しさにちょっとアルバイトでお金を稼ぎたいということとは全く別の次元がそこにはある。
そして、繰り返すが、そのことが ADHD な人にとっては圧倒的に重要なことだ、ということだ。
周囲にいる人はここに留意する必要がある。

足の悪い人に対して、
「普通に歩きなさい」と言ってはならない。
相手を徹底的に馬鹿にすることになるから。
「なんで普通に歩かないんだろ」と思ってはならない。
あなたが他人の目を見て自分に対するその他人の感情を推測できるように、ADHD な人はあなたの感情を敏感に察知するだろうから。
それは理不尽な無理解を相手に伝えているのと同じことだろう。

「徹底的に馬鹿にされ、理解もされない」
このように感じたら、人はどのように行動するだろうか。
「徹底的に馬鹿にし、理解しようとしない」
のではないだろうか。

であるから、
「徹底的に馬鹿にされ、理解もされない」
このように感じたら、
「徹底的に馬鹿にし、理解しようとしない」
ということを自分が先にやってこなかったかどうか、という検証をしてみるのが良いと思う。

この場合、重要なのは、
「普通に考えて自分のほうが正しい」
という発想をするのは不毛だ、ということ。
「普通でない」としても、わざとではない。
先の例のように足の悪い人に「ちゃんと歩きなさい」という人はいないだろうが、
目に見えない疾患を背負っている人は大勢いる。
たとえば、心臓にペースメーカーを入れてる人の傍で携帯を使ってはいけない。
知らなければ「なんて我侭なことを言うやつだ」と腹を立てても仕方ないだろう。
しかし、そのことを知っているのに、「早く治してよ」とか「不便で困るんだよね」とか言う人が果たしているものだろうか?

自らに対する不便さに最も歯がゆい思いをしているのは本人なのだ、と「信じる」ことが一番大切なように思う。
そこに条件をつけてはいけない。
「あれをしなかったら」とか「こうしたら」とか。
人はしばしば服のボタンを掛け違う。
最初のボタンの掛け違いにまず気づかないと、途中のボタンをいくら直そうとしても元には戻らない。

ADHD な人はおそらく他者との距離をとるのが上手ではないと思う。
結果として生活のしづらさが付き纏うことだろう。
周囲には、それをカバーする具体的な対策が必要と思う。
たとえば身内などに遠慮なく堂々と応援を要請する。
日常的作業に工夫を凝らして利便性(効率性)を図る。
などなど。

ADHD な人は怠惰であると誤解されることが多い。
しかし、「わざとではない」と信用できるかどうか。
ということに結局なるのだと思う。

月並みだが、この信用という土台の上に初めて家も建つ。
「こうであれば信用する」「こうであれば信用しない」と言っているうちは「信用」の意味を知らないのと同じことになる。
「信用」というのは何でもかんでも目をつぶることではないはずだ。
指摘すべき点は指摘すればいい。
ただ、どのような気持ちでADHD な相手を自分が見ているのか、ということをまず検証してからでなくては、不毛のやりとりになってしまう。
指摘すべきは指摘すると同時に、指摘されるべきことは指摘される。
という姿勢が必要になるわけだが、 
絡まった糸口を、まずどのようにほぐすか、という知恵は必要になる。
糸口をほぐす古来からの方法は、ひとまずどちらかが折れるということだ。

下は、以前記事にした時の参考サイトのひとつ。
http://homepage2.nifty.com/ryantairan/anke-tokekka.html
こんなこと言われていたら、顔見るのも声聞くのも嫌になるだろうな、と思う。
ADHD な人の周囲がみなこうだとは思わないが、やはり条件つきで相手の人格を値踏みしようとする、言う側自身が仮に同じようなことされたらとても耐えられないことを平気でやっているパターンが多いような気もする。

不便なことは補い合って、工夫して、お互いに相手のせいにしないのが共存、ということなのだと思う。
余談だが私には他人の家庭を壊すという趣味は全く無い。
 
posted by hakobulu at 14:22| Comment(13) | TrackBack(0) | ADHD って何 ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする